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Fish of the Month SaLMON & TROUT

What's new

New Ecology & Fish Pathology topics posted on 6 July 2023

1 st welcome photo till 28 June 2023 by Professor H. Kudo, Hokkaido Univ.

Site opening on 20 October 2021

北大水産科学館・総合博物館サケマスコレクション (provided by 田城文人 北海道大学総合博物館 水産科学館・助教)

国宝中空土偶を眼前に魚食に思い馳せる

“Fish of the Month (FoM)”に訪ねていただきお礼申し上げます。FoMは、海洋生物の先進的な情報をウェブ発信する新たなプロジェクトです。北海道大学水産科学研究院が民間企業の協力のもと制作しています。このサイトを見て、「魚を研究する楽しさ」、「魚を育てる大切さ」、「魚を食べる文化があることの重要性」、そして何よりも「地球に海があり多様な生物が共存していることのすばらさ」を新たに学ぶ、あるいは再考するきっかけにしていただければ幸いです。すでに、2021年9月17日から、昆布のコンテンツを先行配信し、今回10月20日の鮭鱒コンテンツから、本格稼働となります。約3か月ごとに、新たなコンテンツを公開しますので、お楽しみにお待ち下さい。

ところで、2021年7月27日(火)に、「北海道・北東北の縄文遺跡群」の世界遺産一覧表への記載が決定されました(https://whc.unesco.org/en/list/1632/; https://bunka.nii.ac.jp/special_content/hlinkK )。この中には、北海道・道南地方・南茅部地区の大船遺跡と垣ノ島遺跡の二つが含まれます。南茅部は、昆布の里としてよく知られるほか、大謀網漁業発祥の地であり、サケなどの漁業資源が豊かであることも知られています(https://www2.nhk.or.jp/archives/michi/cgi/detail.cgi?dasID=D0004990536_00000)。大船遺跡からは、クジラなどの水産物を採取していた痕跡が残されており(https://www.city.hakodate.hokkaido.jp/docs/2020013000093/)、この遺跡を訪ねると、海を見下ろす景観から、3,500から2,000年前の魚食文化に思いを馳せることができます。何よりも、この世界遺産登録の原動力となったのは、国宝中空土偶、「茅空」です。函館市縄文文化交流センター(http://www.hjcc.jp/02_info.html)に常設されている土偶に出会うと、「美しい」の一言!その荘厳なたたずまいに魅了されます。

COVID-19パンデミックが早期終息し、ご家庭でより多種多様な食材をお楽しみいただけるようになることはもとより、自由に水産物豊かな地へ足を運べるようになることを心から願っています。

FoM Editorial

20 October 2021 posted

分類と名前

サケ・マス類はサケ科Salmonidaeのサケ亜科Salmoninaeに含まれる魚類で、世界から約120種が知られ、日本には15種8亜種が生息しています(日本サケ科魚類一覧)。サケ・マス類の形態的特徴として、体は紡錘形で側扁する、鱗は細かい、背鰭と腹鰭は体の中央にある、背鰭の後方に脂鰭(あぶらびれ)と呼ばれる小さな鰭がある、幼魚の体側にパーマークと呼ばれる斑紋があるなどが挙げられます。

これらの魚類のうち、海に降るものをサケ類、淡水で生活するものをマス類とすることがあります。しかしその区別は厳密ではなく、サクラマスやカラフトマスは「マス」と呼ばれながらも降海します。また分類学的にもサケ類とマス類は区別されていません。例えば、属(ぞく)は近縁な種をまとめたグループ(分類群)ですが、サケ属にはギンザケのように「サケ」がついている種もあるし、ニジマスのように「マス」がついている種もあります。さらにベニザケのように、湖沼残留型はヒメマスと呼ばれ、同種で「サケ」と「マス」の両方の名を持つものもあります。

ベニザケの他にも複数の和名を持つ種があります。例えば、サクラマスとサツキマスは降海型に対する名前で、河川残留型としてそれぞれヤマメとアマゴの名前もあります。アメマスは降海型に対する名前ですが、河川型・河川残留型はエゾイワナです。ニジマスは陸封型に対する和名で、降海型はスチールヘッドとも呼ばれます。またニジマスには養殖用に人為的に交配し、大型化するよう品種改良したドナルドソンと呼ばれる系統があります。

イワシやタイの仲間ではないのに「○○イワシ」「○○ダイ」という和名を持つ種類が多数知られます。これはイワシやタイが日本人にとって非常に馴染み深い魚類だからではないでしょうか。サケ・マス類も私たちにとって馴染み深い魚です。ではサケ科魚類以外に、「サケ」「マス」の名前がつく日本産魚類はいるのでしょうか。ざっと調べてみたところ、「マス」がつくものはなく、「サケ」についても「○○ザケ」は見つからず、「サケ○○」と「○○サケ○○」があるにはあったがごく少数で、フリソデウオ科のサケガシラとクサウオ科のサケビクニン、そしてソコイワシ科のギンザケイワシとクロサケイワシのわずか4種でした。馴染みが深いからといって、他の魚種の名前に必ずしも使われやすいわけではないようです。

サケ・マス類の学名の由来は様々です。例えばサケ属の学名はOncorhynchusで、「大きなくちばし」または「かぎ状のくちばし」という意味があります。これは成熟したオスの吻(ふん、鼻先の部分のこと)の形態に因んでいます。種の学名は属名と種小名という2つの名前を並べて表しますが、このうち種小名は当該種の地方名に由来するものが多くあります。例えば、マスノスケの種小名はtschawyscha、ギンザケではkisutchで、どちらもアラスカとカムチャッカでの名前(それぞれチャウィチャとキスッチ)に因み、ニジマスの種小名mykissはカムチャッカでの本種の名前(マイキス)に因んでいます。人物名に由来する学名もあります。イトウの種小名perryiは黒船に乗って日本にやってきたペリー提督(Matthew C. Perry)に因んでいます。ペリー艦隊が来日した際に採集、アメリカに持ち帰った動植物の標本の中にイトウが含まれており、これに基づいて本種が新種として発表されたためです。

日本に生息するサケ・マス類には、ニジマス、ブラウントラウト、カワマス、レイクトラウトのように国外から移植された種も含まれます。ニジマスは原産地が北米太平洋とカムチャッカ半島で、1877年以降アメリカから数回移植されています。ブラウントラウトはヨーロッパが原産で、昭和初期にアメリカ経由で移植されました。カワマスの原産地は北米大陸東部で、1902年に日光湯の湖に移植されました。レイクトラウトは北米大陸北部が原産で、1966年にカナダから栃木県中禅寺湖に移植されました。

クニマスはかつては絶滅したと考えられていました。本種は田沢湖の固有種でしたが、湖の酸性化によって1940年代にその姿を消しました。ところが2010年になり、富士五湖の一つである西湖(さいこ)で本種が生息していることが確認されました。1935年に人工孵化実験を行うため、西湖などの湖にクニマスの受精卵を放流していたのです。このクニマス再発見は、タレントのさかなクンも関わっていたこともあったためか、マスコミにも取り上げられ、当時話題となりました。このようにクニマスは種としての絶滅は免れましたが、原産地の田沢湖からは絶滅したという事実が変わることはありません。

日本サケ科魚類一覧(細谷 2013に基づく)

サケ属Oncorhynchus

サケ Oncorhynchus keta

サクラマス(ヤマメ) Oncorhynchus masou masou

サツキマス(アマゴ) Oncorhynchus masou ishikawae

ビワマス Oncorhynchus sp.

ベニザケ(ヒメマス) Oncorhynchus nerka

クニマス Oncorhynchus kawamurae

カラフトマス Oncorhynchus gorbuscha

ギンザケ Oncorhynchus kisutch

マスノスケ Oncorhynchus tschawytscha

ニジマス Oncorhynchus mykiss

タイセイヨウサケ属 Salmo

ブラウントラウト Salmo trutta

イワナ属 Salvelinus

アメマス(エゾイワナ)Salvelinus leucomaenis leucomaenis

ヤマトイワナ Salvelinus leucomaenis japonicus

ニッコウイワナ Salvelinus leucomaenis pluvius

ゴギ Salvelinus leucomaenis kmbtius

オショロコマ Salvelinus malma krascheminnikovi

ミヤベイワナ Salvelinus malma miyabei

カワマス Salvelinus fontinalis

レイクトラウト Salvelinus namaycush

イトウ属 Hucho

イトウ Hucho perryi

今村央・北海道大学大学院水産科学研究院・教授/北海道大学総合博物館分館水産科学館・館長

参考文献

細谷和海. 2013. サケ科. 中坊徹次 (編), pp. 362–367, 1833–1835. 日本産魚類検索 全種の同定 第三版. 東海大学出版会, 秦野.

20 October 2021 posted

サケの母川回帰と嗅覚

サケ属(タイヘイヨウサケ属 Oncorhynchus spp.) のなかで、日本で最も一般的なサケ(シロザケ O. keta)、日本で2番目に獲れる小型のカラフトマス、東アジア固有で高級なサクラマスは、産卵(ここでは雌雄双方の繁殖行動を指す)のために川を遡る「遡河回遊」を行います。これらのサケ類は、秋に河川で産卵・受精し、ふ化した幼稚魚はタイミングは種により異なるが春に海に降り、餌が豊富な海洋生活で索餌回遊します。そして、十分に成長した親魚は生まれた川である「母川」に再び戻って産卵するという「母川回帰」を行います(図1)。また、産卵後は雌雄ともに死んでしまう1回繁殖型の生活史を有しています。この母川回帰には、海に降りる際に河川に特有なニオイを特別な記憶である「刷込(インプリンティング)」によって憶え、戻ってくる時の終盤にはそのニオイを思い出す「想起」をして母川を認識する「母川刷込」が重要であることが「嗅覚刷込説」として広く知られています。この現象は、1950年代に米国で行われたギンザケ (O. kisutch) 回帰親魚を用いた嗅覚遮断放流実験により示されたこと (Wisby and Hasler 1954) を皮切りに多くの研究がされています。そのなかでも、幼稚魚は降海しながら連続して河川の情報を記憶し、回帰時には支流レベルまで識別できるという「逐次刷込説」、刷込は、海水生活に適応する形態学的・生理学的変化である銀化変態期の盛期に「臨界期」が存在することを示す行動学的実験等が有名です (e.g., Dittman et al. 1996)。また、実際に刷込んでいる母川のニオイの実態は、単一の分子ではなく河川周辺の植生や河床の礫に付着しているバイオフィルム(藻類や菌体等)を起源とする「アミノ酸組成」であることを示す行動学的・電気生理学的実験 (Ueda 2011)、さらには、最終的には母川のニオイが最重要だが、補助的には同種由来のフェロモン様物質や河川の汚染物質や物理的因子も母川識別に利用される可能性を示す「階層性航法仮説」も提唱されています(Bett and Hinch 2015)。もっとも、ニオイで識別できるのは河川水が注ぐ沿岸近くになってからで、外洋(遠くはベーリング海)から日本までの方向定位には地磁気等が関わっていると考えられています (Azumaya et al. 2016)。

図1.サケ類の生活史と母川回帰.

サケ類もニオイの感知はヒトと同様に嗅覚が担い、それに関わる神経のことを嗅神経系と呼び、鼻である嗅覚器官(嗅房)と脳内の嗅覚に関わる各部位からなります(図2)。母川のニオイで重要な「アミノ酸」は陸上生物だと「味」になるが水中の魚ではニオイとなり、アミノ酸の検出感はヒトの味覚より1000万倍くらい高いことも知られています。そのセンサーである嗅細胞の数もサケの親魚の片方で約1400万細胞もあり、ヒトの300万細胞に比べても驚異的な鼻を持っています (Kudo et al. 2009)。嗅細胞の外部環境水と接する側には線毛や微絨毛が生えており、その細胞膜にはニオイ受容体が存在します。受容されたニオイ刺激は、1つの嗅細胞から1本脳へ伸びる軸索を伝わり、情報を嗅覚の一次中枢である嗅球へ伝達し、一次ニューロンである僧帽細胞と糸球体層でシナプスします。嗅球で識別処理を受けた嗅覚情報は、上位の終脳に伝達され記憶形成されると考えられています。最近、我々は、このサケ類の脳内での神経伝達物質によるシナプス伝達に強く関わる「シナプス開口放出関連分子」の遺伝子発現に着目し、サケ類の母川刷込の詳細なメカニズムが解明できないかチャレンジしています (Abe and Kudo 2019)。

図2.サケ類の嗅神経系.

工藤秀明・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献

‎Abe T. and Kudo H. (2019) Molecular characterization and gene expression of syntaxin-1 and VAMP2 in the olfactory organ and brain during both seaward and homeward migrations of chum salmon, Oncorhynchus keta. Comparative Biochemistry and Physiology Part A: Molecular & Integrative Physiology, 227: 39-51.

Azumaya T. et al. (2016) Potential role of the magnetic field on homing in chum salmon (Oncorhynchus keta) tracked from the open sea to coastal Japan. North Pacific Anadromous Fish Commission Bulletin, 6: 235–241.

Bett N. N. and Hinch S. G. (2015) Attraction of migrating adult sockeye salmon to conspecifics in the absence of natal chemical cues. Behavioral Ecology, 26: 1180-1187.

Dittman A. H. et al. (1996) Timing of imprinting to natural and artificial odors by coho salmon (Oncorhynchus kisutch). Canadian Journal of Fisheries and Aquatic Sciences, 53: 434-442.

Kudo H. et al. (2009) Morphometry of olfactory lamellae and olfactory receptor neurons during the life history of chum salmon (Oncorhynchus keta). Chemical Senses, 34: 617-624.

Ueda H. (2011). Physiological mechanism of homing migration in Pacific salmon from behavioral to molecular biological approaches. General and Comparative Endocrinology 170: 222-232.

Wisby W. J. and Hasler A. D. (1954) Effect of olfactory occlusion on migrating silver salmon (O. kisutch). Journal of the Fisheries Research Board of Canada 11: 472-478.

20 October 2021 posted

光周期により司られるサケ・マスの生活史

サケ・マス類は、春に成長のために川から海に下ったり、秋に産卵のために海から川に戻るなど、その生活史パターンに季節性を持ちます。動物は季節変化を日長や温度の変化などで感知しますが、サケ・マス類では、日長(光周期)の変化を主にシグナルとしています。

北海道のサクラマスはふ化後二年目の春に河川生活型のパーから海洋生活型のスモルトとなって海に下ります。しかし、同じ河川で生活しているサクラマスでも、スモルト化せずに河川内で成熟する雄個体(早熟雄)やパーとして河川に留まる個体も出現します。スモルト化して降海するか河川に残留するかは、海に下る前年の夏までの体サイズに依存し、秋の日長減少時に決定すると言われています。次の春にスモルトになることを選択した個体は、春先の日長増加に反応して体色が銀白化し、高い海水適応能を持つようになります。このように、サクラマスの降海決定と降海準備には日長の減少と増加がそれぞれ関わっています。

光周期を操作することによりサケ・マス類の生活史を統御し、養殖業に応用できる可能性があります(Suzuki et al. 2020)。例えばサクラマスを飼育する際に、夏に人為的に日長を短くして一定期間飼育し、その後、長日に晒すとスモルト化の時期が早まります。これを利用して、本来は5月に出現する海水適応能を持ったスモルトを12月に作出することが可能です。このような環境操作により季節を問わずに海面養殖用のサケ・マス種苗を生産する試みがなされており、遺伝的改変を必要としない技術として着目されています。

清水宗敬・北海道大学北方生物圏フィールド科学センター/大学院水産科学院・教授

参考文献

Suzuki S. et al. (2020) Physiological changes in off-season smolts induced by photoperiod manipulation in masu salmon (Oncorhynchus masou). Aquaculture 526: 735353.

20 October 2021 posted

上流のアマゴやイワナ

日本の川には土石流や洪水を防ぐための堰堤(えんてい)が設けられていることがあり、なかにはサケ科魚類が下流からのぼることができないほどの高さの堰堤もあります。けれども、そのように高い堰堤の上流にも、河川型のアマゴやイワナがすんでいます。おそらく彼らは堰堤ができる前からそこにいて、堰堤ができた後も、先祖代々一度も下に落ちたことのない「上流社会の魚たち」です。

上流社会のアマゴやイワナは、ほかの場所と比べて、形や行動が違うことがあります。例えば、上流にすんでいるアマゴの稚魚は、体高が高く、ずんぐりした形をしています。このような形をした稚魚は泳ぐ力が強いため、川が増水したときにも上流にとどまる確率が高いことが、野外実験でも明らかになっています。また、上流にすんでいるイワナの稚魚は、他の場所の稚魚よりもおとなしい。川底でじっとしている時間が長く、ふらふらと泳ぎ回ることをしません。ビニール製の小さな玉を竹ひごに付けて稚魚に近づけても、鏡をそっと近づけても、上流の稚魚は、それらに向かって泳ぐ時間が短く、玉をつっつく回数も少ないのです。へたに動き回ると堰堤から流下する危険が増えるから、そんな用心深い性格の魚が残ってきたのかもしれません。

これまで、河川の生き物の流下を防ぐための形や行動は、自然淘汰によって進化してきたと暗黙のうちに考えられてきました。けれども私たちは、これらの形や行動は、自然淘汰とは異なるメカニズム「空間的選別」によって進化してきたという仮説を提唱しています(Yamada and Wada 2021)。自然淘汰による進化は、生存率が高く、最終的には子孫の数が多い性質が次世代で頻度を増やすことによって起こります。けれども、堰堤から流下した魚はその下流で生き残ることが多いのです。だから、上流の魚たちに生じる「流下率を低減する性質の進化」は、自然淘汰による「生存率を高める性質の進化」とは異なるものと考えています。

空間的選別とは、流下のような移動の個体差によって作用する進化メカニズムです。つまり、生物の形や行動などが、生物が移動するか否かによって空間的に選り分けられ、その結果「移動先」と「移動元」で異なる方向の進化が起こることを予想しています。空間的選別は、21世紀になってから提唱されるようになった新しい進化メカニズムなのです。河川の魚類、とくに世界各地の堰堤や滝の上流に生息するサケ科魚類は、空間的選別の作用を実証する格好の対象といえます。

和田哲・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

山田寛之・北海道大学大学院水産科学院・博士後期課程 / 日本学術振興会特別研究員

参考文献

山田寛之・榎本 尊・和田 哲, 2019. 北海道南部亀川に生息するイワナの稚魚における行動・形態の支流間比較. 魚類学雑誌 66: 221-225.

長谷川稜太・山田寛之・石原千晶・和田 哲, 2020. イワナの稚魚の個性に見られる生息地間変異. 魚類学雑誌 67: 11-24.

Yamada H. and Wada S. (2021) Morphological evolution reduces downstream displacement in juvenile landlocked salmon. Evolution 75: 1850-1861.

20 October 2021 posted

鮭の加工

世界的にも食材として人気のある鮭ですが日本でも古くから食卓にのぼっています。特に多いのは塩鮭です。もともとは北海道や東北・新潟などで漁獲された秋鮭にたっぷりの塩をまぶし、塩引きにして保存食として流通していました。最近では低温での流通技術の発達により、チリで養殖される脂ののった銀鮭を使ったほどよい塩分の定塩鮭がポピュラーになっています。次の4つの加工方法があり、食卓を飾ります。

山漬け:たっぷりの塩と鮭を山のように積み上げて日数をかけてじっくり熟成*する方法です。途中、手返しといって上段の鮭と下段の鮭を入れ替えたり、とても手間がかかります。

*「鮭の熟成について」魚介系動物性たんぱく質素材は、適切な温度と時間条件の下、酵素などの作 用により次第に化学変化を起こし、風味や旨みが増加します。この現象は一般的に熟成と呼ばれています。鮭も熟成することによって、身がしっとり柔らかくなり、アミノ酸が増加する傾向が見られ、塩カドが取れるという効果も期待されます。

塩引き鮭:新潟県村上地方に代表される方法で、内臓を取り除いた鮭にたっぷりの塩をすり込み、一定期間馴染ませた後水洗いして、寒風に干して熟成させます。

荒巻鮭:箱の中に塩を敷き、鮭の表面と内臓を取り除いたお腹の中にも塩を揉み込んで保管します。それほど塩分が高くないので冷凍での保存になります。

塩水漬け(定塩鮭):現在の主流の方法です。半身にした鮭を目標の塩分に合わせて塩水で処理します。その後、一枚ずつ真空パックして凍結して流通させます。

【定塩鮭の加工方法】

1. 原料/2枚卸し:解凍した原料の全てのヒレをカットして半身に卸します。

2.味付/選別:丁寧に水洗い後、塩で味付けし、形状・身色・鮮度などをもとに厳しい基準で等級を分類します。

3. 漬込/熟成味にあわせて塩分濃度を調整し、約24~72時間低温で漬込み・熟成を行います。

4. 包装/凍結:真空状態で包装し、一気に急速凍結します。

東洋水産では「わかしお」ブランドとしてご提供しています。

website

宮城東洋株式会社

銚子東洋株式会社

20 October 2021 posted

サケに含まれる健康機能物質“アスタキサンチン”

サケの筋肉(可食部分)は赤い色を呈しており、他の魚と異なる特徴をもっています。この色素成分は「アスタキサンチン」とよばれる物質で、エビやカニの殻、タイの体表などにも見られます。特に、サケ・マス類では、可食部分にアスタキサンチンが存在しており、紅鮭では筋肉100 g当たり2.5-3.5 mg、白サケでは0.3-0.8 mg/100 g、イクラでは0.9 mg/100 g程度含まれています。

アスタキサンチンの健康機能として、抗酸化機能が知られています。生活習慣病や認知症の発症、さらには老化の進行に深く関わる活性酸素を消去するアスタキサンチンの抗酸化機能は国内外で注目され、サプリメントにも利用されています。さらにアスタキサンチンの機能性として、加齢黄斑変性の進行抑制や白内障の予防効果、UVからの皮膚の保護効果、抗疲労効果などが注目されています(細川 2016)。

我々はアスタキサンチンの機能性として、潰瘍性大腸炎に対する予防効果を動物実験によって報告してきました(Yasui et al. 2011)。潰瘍性大腸炎とは、主として大腸の粘膜と粘膜下層をおかす原因不明の炎症疾患です。下痢と頻発する腹痛が主たる症状で、長期間続くと下血を伴いうことがあります。さらに、潰瘍性大腸炎は大腸がんの発症リスクとなることが懸念されています。特に、20代から40代での発症率が高く、原因が十分に分かっていないため有効な薬剤の開発が遅れています。マウスを使った動物実験では、予め4週間、飼料中に100-200 ppmとなるように微量のアスタキサンチンを添加することで、デキストラン硫酸塩(DSS)によって誘導される大腸炎が抑制されることがわかりました(Yasui et al. 2011)。図の未処理マウスの大腸では、明瞭な粘膜組織が観察されるのに対し、DSS(1.5%)処理群では粘膜固有層が矢印で示すように崩壊し、陰窩が不明瞭になるとともに粘膜筋板が乱れ、粘膜下組織全体が肥厚化して潰瘍が誘導されていることが分かります(図:アスタキサンチンの予防効果参照)。アスタキサンチン200 ppmを予め投与したマウスの大腸組織では、そのような潰瘍を伴った大腸の損傷が明瞭に緩和されていることが示されました(Yasui et al. 2011, 細川 2014)。このように、アスタキサンチンには実験的に誘発した潰瘍性大腸炎に対して有効な予防効果を示すことがわかりました。また、大腸発がんを誘発する動物実験モデルにおいてもアスタキサンチンの予防効果を確認しています(Yasui et al. 2011)。

このように、サケ・マスに特徴的に含まれるアスタキサンチンには、我々の健康を守る優れた機能性が認められています。

細川雅史・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献

細川雅史 (2016) 海洋性カロテノイドの健康機能. New Food Industry, 58: No. 6, 7-12.

Yasui Y. et al. (2011) Dietary astaxanthin inhibits colitis and colitis-associated colon carcinogenesis in mice via modulation of the inflammatory cytokines. Chem. Biol. Interact., 193: 79-87.

細川雅史 (2014) マリンカロテノイドの炎症性疾患予防作用. Trace Nutr. Res., 31: 80-87.

20 October 2021 posted

サケのルイベ – 凍ったまま食べるサケの刺身 –

北海道では、サケの刺身を一度凍らせた後に、少し解凍して “シャリシャリ” した状態のまま食べる食習慣があります。この半分だけ凍ったままの刺身のことを 「ルイベ」 と呼びます。この食べ方は、元来、北海道に住むアイヌ族が冷凍保存したサケを食べやすいサイズに切り分けて食べていたのが起源と言われており、アイヌ語の "ru-ipe"(融ける-魚)が語源のようです(北海道アイヌ民族文化研究センター 2005)。雪に閉ざされる冬にタンパク質を摂食するため、北海道に根付いた食習慣と言えます。

しかし、この食習慣は、食品の長期保存という観点だけでなく、食品の摂食による健康被害の発生を防止する方法としても極めて優れており、先人の様々な経験と知恵から生まれた食習慣と考えられます。

昨今、刺身に付着する寄生虫、特にアニサキスの存在が知られるようになり、日本におけるアニサキスによる食中毒発生事例も多く報告されるようになりました。お刺身は当然、加熱せずに食べる食品であるため、お魚に付着する寄生虫を死滅させる処理は行われません。特に、日本人は鮮度に対する意識が極めて高いため、一度も冷凍されていないお魚を食べたい欲求が高く、そのようなものが高価格で取引されたりもします。しかし、お魚には様々な寄生虫が付着しています。サケにもアニサキスや日本海裂頭条虫(別名:サナダムシ)などが付着していることが知られています(横山 2013)。これら寄生虫は、-20℃で24時間以上凍結すると死滅してしまいます(鈴木 2020)。したがって、サケのルイベ」という食べ方は、寄生虫による健康障害の発生しない食べ方と言えるのです。特に、“シャリシャリしたまま食べる” ということがキーポイントです。これにより、刺身が一度は凍結されて、寄生虫による食中毒は起こらないということを確認しながら食べられるからです。完全に解凍したものが提供されたら、凍結された履歴が分からなくなってしまいます。

食品の安全性確保という観点から見ると、食品を凍結してから食べるということは、理に敵ったことと考えられます。

山崎浩司・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献

北海道アイヌ民族文化研究センター (2005) アイヌ文化紹介小冊子ポン カンピソシ 総集編「3. イペ,食べる」. p. 51. 北海道アイヌ民族文化研究センター編

横山博 (2013) 魚介類の生食による寄生虫症. 日本食品微生物学会誌 30: 100-103.

鈴木淳 (2020) アニサキスによる食中毒とその原因食品. 日本食品微生物学会誌 37: 122-125.

20 October 2021 posted

サケマス類の利用

サケマス類は昔から様々な形で利用されています。狩猟型民族であるアイヌの人々は、サケマス類を『カムイチェップ(神の魚)』と呼び余すことなく利用されてきました。秋に漁獲されたサケマスは漁獲期以外にも利用するための保存として、現在は凍結保存が主流です。そのほかに、寒風乾燥、囲炉裏で燻煙した『トバ』や、塩を加えた『新巻鮭』や加塩後山積みした『山漬け』、卵の保存としては塩蔵の『イクラ、筋子』などの様々な保存方法が発展してきました。

料理としては『オハウ(アイヌ民族の魚汁)』、『三平汁』、『石狩鍋』、『ちゃんちゃん焼き』の他、頭部軟骨は『氷頭』としても食べられています。さらに、『飯寿司や切り込み』の発酵品、『鮭節』や『魚醤油』などの調味品も製造されています。

サケマス肉タンパク質は、豊富なヒト必須アミノ酸と高い消化吸収率で良質と評価されます。脂質では、高い健康機能の高度不飽和脂肪酸のDHAやEPAが豊富で、イクラや筋子はこれらの天然カプセルと言えます。肉や卵には「サーモンピンク」脂質色素のアスタキサンチンが豊富に含まれ、抗酸化作用、抗肥満、抗糖尿、高血圧、皮膚への良い効果などを期待できます(Yamashita 2013)。これら脂質はエサの脂質を反映することが多いため、回遊してきた海のエサの状況や、養殖の場合はどのようなエサを与えられたかによって変動します。エキス成分では疲労や痛風によい効果を示すことが期待されるアンセリンが知られています(高橋ら 2008)。

食用以外にもアイヌの人々はサケの皮を衣服や靴、骨は釣り針の他、粉にして冬期のカルシウム源として利用してきました。オスの白子はDNAや抗菌性タンパク質プロタミンの供給源として期待され,口の微生物の抗菌剤としての活用が検討されています(Kim et al. 2015)。このように食用に加えて、非食用でも様々な利用がされて、北海道の人々の生活に深く関わってきた魚種と言えます。

栗原秀幸・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献

Yamashita E. (2013) Astaxanthin as a medical food. Functional Foods in Health and Disease. 3: 254-259.

高橋義宣・河原崎正貴・星野躍介・本多裕陽・江成宏之 (2008)アンセリン含有サケエキスの疲労低減効果.日本食品科学工学会誌 55: 428-431.

Kim Y.-H., Kim S. M., and Lee S. Y. (2015) Antimicrobial activity of protamine against oral microorganisms. Biocontrol Science, 20: 275-280.

20 October 2021 posted

サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された-1:卵成熟

「卵成熟」と聞いてどのようなイメージが浮かぶでしょうか?聞きなじみがない言葉かもしれませんが「排卵」なら聞いたことがあるのではないでしょうか。これらは卵の元となる細胞、「卵母細胞」が「卵成熟」して「排卵」し、受精可能な「卵」となる一連の現象なのです(図1:魚類の卵成熟過程)。魚では、性成熟期(ヒトの思春期と似ている)に至ると卵母細胞に卵黄が蓄積されます。この時の卵母細胞は細胞分裂の段階でみると「減数第一分裂前期」という段階で細胞分裂が止まっています。この状態の卵母細胞に卵黄が蓄積されるステージを「卵黄形成期」といいます。卵黄形成期を通して卵母細胞は卵黄を蓄積し続けてどんどん大きくなっていきます(図2)。

図2. 魚類の卵形成過程.

サケ科ではこの時の卵巣を取り出して、卵母細胞を含む卵濾胞(後述)をバラバラにして味付けしたものが「イクラ」です。排卵されてバラバラになった卵を味付けしたものがイクラだと思っている人もいるのですが、そうではありません。たまに排卵された卵でイクラを作ることもあるのですが卵膜は固くなっていてなかなか嚙みつぶせないイクラとなってしまいます。中には、その歯ごたえが好きだという人もいます。排卵された卵では卵成熟はもちろん完了していて、その間に卵は「吸水」といって外から水分を取り込むため、イクラの濃厚な卵黄の味はすこし薄まってしまいます。さて、卵母細胞が十分に栄養となる卵黄を蓄積すると(卵黄形成完了)、次に卵成熟が起こります。卵成熟は卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)とよばれるホルモンが卵母細胞を刺激することによって誘起されます。卵成熟が始まると停止していた減数第一分裂が再開し、卵母細胞は細胞分裂の第一段階を完了させます。この時、細胞質は著しい不等分裂を起こし、極めて小さな細胞と大きいままの卵母細胞に分かれます。前者を第1極体といいます。第1極体は受精して受精卵となることはありません。卵母細胞の方はそのまま減数第二分裂を開始しますが、その分裂も中期で再び停止します。引き続き、排卵が生じ卵母細胞を取り囲む濾胞細胞層(後述)から離脱して(図1B)排卵された卵となり、産卵によって体外へ放出されるのを待つことになります。つまり、卵とはまだ減数分裂を終えていない状態で産卵されるのです(図3)。体外に放出されて受精すると減数第二分裂は再開して減数分裂が完了するとともに卵核と精子核が融合して新しい命が誕生するのです。ちなみに減数第二分裂完了時の細胞質分裂も著しい不等分裂を起こし、極めて小さい方の細胞は第2極体とよばれます。

図3. 魚類の卵成熟に伴う核成熟過程.

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

20 October 2021 posted

サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された-2:卵成熟誘起ステロイドホルモンとは?

サケ科魚類に限らず、古くからこの一連の卵成熟現象がどのような分子メカニズムの指揮の下で進行するのかという疑問は注目されてきました。その内、MISは何なのか、どのような分子メカニズムで産生されるのか、という卵成熟の起点となるメカニズムの解明はサクラマスからもたらされました。まず、MISの同定と産生制御機構に関しては1980年代に自然科学研究機構・基礎生物学研究所の長濱嘉孝教授(北海道大学水産学部卒業)のグループによって理解が大きく進展しました。この頃に先立ち、インドの研究グループから魚類の卵成熟・排卵時期に血中に17α, 20β-dihydroxy-4-pregnen-3-one(DHP)というステロイドが検出されるということが報告されていました。そこで、長濱グループはアマゴ(サクラマスの亜種)で調べてみたところ、卵黄形成中では血中DHP量はとても低く、卵成熟中、排卵後では血中に高濃度のDHPが検出されることを確認しました(Young et al. 1983)。続いて1985年に、長濱先生と足立伸次研究員(現北海道大学・大学院水産科学研究院・特任教授)らがアマゴの卵濾胞の培養実験を通して、アマゴのMISがDHPであることの証明に成功しました(図4: DHP)(Nagahama and Adachi 1985)。これは脊椎動物のMISを同定した初めての例となります。長濱グループはさらにDHP産生機構を明らかにしていきます。まず、卵濾胞から莢膜細胞層と顆粒膜細胞層とを分離することに成功します。卵母細胞は卵巣中では顆粒膜細胞に取り囲まれており、さらにその外側を莢膜細胞層が取り囲んでいます。この、顆粒膜細胞層と莢膜細胞層に取り囲まれた卵母細胞の単位を卵濾胞または卵胞とよびます(図5)。

図5. サケ科の卵濾胞. 顕微鏡下で、ピンセットを用いて莢膜細胞(theca)と顆粒膜細胞(granulosa、卵膜に付随)とに分離できることができる.

グループは卵巣から卵濾胞を取り出し、実体顕微鏡の下でピンセットを用いて莢膜細胞層を剥く技術を確立しました。実はこの原稿を書いている今まさに隣の実験室で大学院生たちがサクラマスの卵濾胞を剥いている真最中です(写真1)。話を戻して、グループは莢膜細胞層と顆粒膜細胞層を別々に培養することで、莢膜細胞層では17α-ヒドロキシプロゲステロン(17OHP)が産生され、それが顆粒膜細胞層でDHPに転換されることを明らかにしました(図6)(Young et al. 1986)。

写真1. A:卵濾胞を剥いている実験風景、B:顕微鏡下で莢膜細胞をはがす、C:サクラマス卵濾胞、D:顆粒膜細胞がついている卵膜、E:卵濾胞から剝がされた莢膜細胞.
図6.サケ科のDHP産生機構. LHの作用で莢膜細胞で17αOHPが産生され、それが顆粒膜細胞でLHに誘導された20βHSDの働きによってDHPに転換される.

17OHPをDHPに転換する酵素はステロイド-20β-水酸基脱水素酵素(20β-HSD)とよばれます。名前はついてもこの段階で20β-HSDの正体は不明です。グループはさらに、20β-HSDは脳下垂体から放出される黄体形成ホルモン(LH)の刺激で転写レベルから誘導されて酵素活性が誘起されることも示しました(Nagahama et al. 1985)。これら一連の研究によって、産卵環境が整うと脳下垂体からLHが大量分泌(LHサージ)されて血流を介して卵濾胞を刺激し、莢膜細胞では17OHPが産生され、それが顆粒膜細胞でDHPに転換されることで卵成熟が誘起されるという生理学的機構が明らかとなったのです。当時、分子生物学的実験技術が興隆しはじめ、魚類の研究世界にも取り入れられつつある時代でした。即ち、LHがDHP産生を引き起こす分子メカニズムを解き明かすことが次の課題となります。つまり、20β-HSDをコードする遺伝子は何であるのか、LHがどのような経路でその遺伝子の転写を促進するのか、という疑問に答えたいという欲求を抑えることはできないわけです。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

Young G. et al. (1983) Plasma 17α,20β-dihydroxy-4-pregnen-3-one levels during sexual-maturation of amago salmon (Oncorhynchus-rhodurus): Correlation with plasma gonadotropin and in vitro production by ovarian follicles. Gen. Comp. Endocrinol. 51: 96–105.

Nagahama Y. and Adachi S. (1985) Identification of maturation-inducing steroid in a teleost, the amago salmon (Oncorhynchus rhodurus). Dev. Biol. 109: 428-435.

Young G. et al. (1986) Role of ovarian thecal and granulosa layers in gonadotropin-induced synthesis of a salmonid maturation-inducing substance (17α,20β-dihydroxy-4-pregnen-3-one). Dev. Biol. 118: 1–8.

Nagahama Y. et al. (1985) Effect of actinomycin D and cycloheximide on gonadotropin-induced 17α, 20β-dihydroxy-4-pregnen-3-one production by intact ovarian follicles and granulosa cells of the amago salmon, Oncorhynchus rhodurus. Dev. Growth Differ. 27: 213–221.

20 October 2021 posted

サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された-3:卵成熟誘起ステロイドの産生を担う遺伝子は?

時を同じくして,ブタ胎児の精巣には17OHPをDHPに転換する極めて強い20β-HSD活性が存在することが報告されました(Nakajin et al. 1987)。そこに目を付けた長濱グループはブタ胎児精巣から20β-HSD活性を持つタンパク質の単離精製に成功します(Nakajin et al. 1988)。精製された20β-HSDタンパクのアミノ酸配列を部分的に解析し、予想されるmRNA配列を元についにそのタンパクをコードする遺伝子配列が判明しました(Tanala et al. 1992)。その結果明らかになったのは、ブタ胎児精巣の20β-HSDタンパク質の構造はカルボニル還元化酵素という様々な化学物質のケト基を水酸基に還元する酵素に遺伝子配列が酷似しているということでした。そのためこの酵素はカルボニル還元化酵素様20β-HSD(CR/20bhsd)と名付けられました。さて、目的は魚類の20β-HSDをコードする遺伝子を同定することです。20β-HSDをコードする遺伝子だと考えられるブタのCR/20bhsd遺伝子が同定されたので、この遺伝子配列を基にニジマスのcDNAライブラリーからオーソログ遺伝子が同定されました(Guan et al. 1999)。ニジマスのCR/20bhsdは大腸菌で発現させてその酵素活性を調べると弱いながらも17OHPをDHPに転換する20β-HSD活性を示しました。その後、アユからもCR/20bhsdは同定され同様の結果が得られました(Tanaka et al. 2002)。しかし、両魚種共に卵成熟期にCR/hsd20b mRNA発現量が上昇することも、卵黄形成を完了した卵濾胞にLH様ホルモンで刺激を与えてもCR/20bhsd mRNAの転写が誘導されることはありませんでした。つまり、CR/20bhsdは異種細胞発現(この場合大腸菌での発現)において20β-HSD活性を示すものの、生理学的には20β-HSD活性が高まる時期においてmRNA発現が高まらないという矛盾点を内包し、CR/20bhsdが卵成熟期にDHP産生を担う20β-HSDをコードする遺伝子であるという確証が得られないまま2000年初頭は過ぎ去ることとなります。この時期、長濱研究室の情報支援のもと、北大水産学部ではウナギのDHP産生制御機構の解析を行っていました。その結果、ウナギのCR/20bhsdは17OHPに対する20β-HSD活性を持たないこと、またウナギ卵巣における20β-HSD活性は細胞の膜画分に存在し、細胞質画分には存在しないことをつきとめます(Kazeto et al. 2001)。カルボニル還元化酵素は一般的に細胞質画分に存在すること、ウナギのCR/20bhsdは20β-HSD活性を示さないことから、卵成熟時にDHP産生を担う20β-HSDをコードする遺伝子はCR/20bhsdではないのではないかとの確信を持つことになります。それではCR/20bhsdではないのなら一体どの遺伝子がDHPを産生する酵素をコードする遺伝子なのか、となると、その同定戦略はウナギを材料にしては難しいと思われました。というのも、ウナギは身体中の組織、それこそ、肝臓でも脾臓でも筋肉でさえも、もちろん卵巣でも培養して17OHPを加えるとDHPを作ることを知っていたからなのです。つまり、ウナギは身体中のあらゆる組織に20β-HSD活性を持つことを実験を通してわれわれは知っていたのです。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

Nakajin S. et al. (1987) 20β-hydroxysteroid dehydrogenase of neonatal pig testis: Localization in cytosol fraction and comparison with the enzyme from other species. Chemi. Pharm. Bull. 35: 2490-2494.

Nakajin S. et al. (1988) 20β-hydroxysteroid dehydrogenase of neonatal pig testis: Purification and some properties. J. Biochem. 104: 565-569.

Tanaka M et al. (1992) Pig testicular 20β-hydroxysteroid dehydrogenase exhibits carbonyl reductase-like structure and activity: cDNA cloning of pig testicular 20β-hydroxysteroid dehydrogenase. J. Biol. Chem. 267: 13451–13455.

Guan G. J. et al. (1999) Cloning and expression of two carbonyl reductase-like 20β-hydroxysteroid dehydrogenase cDNAs in ovarian follicles of rainbow trout (Oncorhynchus mykiss). Biochem. Bioph. Res. Commun. 255: 123–128.

Tanaka M et al. (2002) Teleost ovarian carbonyl reductase-like 20β-hydroxysteroid dehydrogenase: Potential role in the production of maturation-inducing hormone during final oocyte maturation. Biol. Reprod. 66: 1498–1504.

Kazeto Y et al. (2001) 20β-hydroxysteroid dehydrogenase of the Japanese eel ovary: Its cellular localization and changes in the enzymatic activity during sexual maturation. Gen. Comp. Endocrinol. 122: 109–115.

20 October 2021 posted

サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された-4:未知の遺伝子の正体を求める

ここでわれわれ(北大水産学部の研究グループ)は、20β-HSDをコードする遺伝子の同定にはサケ科魚類を使うしかないとの思いに至ります。先の長濱グループの一連の研究で、卵黄形成完了後の顆粒膜細胞にLHを添加して培養すると強い20β-HSD活性が現れ、しかもその活性はmRNAの転写によって誘導されることが示されていました。つまり、LHを添加する、しないの条件で顆粒膜細胞を培養し、両者に含まれるmRNAを比べることで20β-HSDをコードする遺伝子を特定できる可能性があると考えたのです。材料はサクラマスです。北海道のサクラマスの産卵は9月中頃から10月上旬です。卵成熟・排卵少し前の9月上旬から北海道大学七飯淡水実験所で長年継代飼育されているサクラマスをサンプリングします。七飯の実験所でサクラマスを解剖し、取り出した卵巣を冷やしたリンゲル(サクラマス用生理食塩水)に沈めて函館の水産学部の研究室に持ち帰ります。まずはリンゲル中で卵巣から卵濾胞をバラバラにばらします。次に一つ一つの卵濾胞から実体顕微鏡の下でピンセットを用いて莢膜細胞を分離していきます。一腹数百個の卵濾胞を剥くのに1尾あたり2,3時間はかかります。どの個体が高い20β-HSD活性を発現することができるのかは分からないので、毎回4,5尾処理します。20β-HSD活性が現れるのは莢膜細胞を剥がした卵母細胞膜上にある顆粒膜細胞なので、莢膜細胞は捨てて顆粒膜細胞のみをリンゲル中でLH存在下または非存在下で培養します。朝、七飯実験所にサクラマスをサンプリングに行き、3、4人かかりで培養の準備ができるのは真夜中になります。時には徹夜になることもありました。培養器に顆粒膜細胞を入れるとようやく家に帰って眠ることができます。培養には18時間程度かかるのでゆっくりと眠ることができます。培養は、LHあり、なしに加えて、20β-HSD活性が誘導されたかどうかを調べるためにLH+17OHP、17OHP単独培養も行い、活性の有無と活性強度は培養後の培養液中のDHP量を測定することで検定します。この時期に顆粒膜細胞をLHと共に培養すると必ず20β-HSD活性は誘導されるのですが、それぞれ個体によってその誘導活性の強度は大きく異なります。培養液のDHP濃度(20β-HSD活性の強さの指標)を調べたところ、2尾から極めて強い20β-HSD活性が誘導された顆粒膜細胞を得ることができました。より強い方の顆粒膜細胞を用いることにして、この細胞の中に発現上昇しているはずの20β-HSDをコードするmRNAを探索することになります。当時、2007年ですが、次世代シーケンサーという新しい技術が開発されたところでした。次世代シーケンサーというのは細胞に含まれるDNAでもRNAでもやたらめったらに大量に塩基配列を読むことができる革新的な技術です。そこで、LH非添加(20β-HSDのmRNAは発現していない)とLH添加して20β-HSD活性が誘導された顆粒膜細胞(20β-HSDのmRNAが発現している)からmRNAを抽出し、次世代シーケンサーでmRNAの配列を包括的に読みます。次世代シーケンサーで読める塩基配列は短いので(リードといいます)、リードを元にコンピューター上でその由来となるmRNA配列を再構築していきます。これは短いRNAの塩基配列をつなぎ合わせていく作業でアッセンブルといいます。アッセンブルの結果コンピューター上で再現された大量のmRNA配列が得られますが、これをコンティグといいます。コンティグが構築されると今度はそれぞれのコンティグの配列に対してぴったりと合うリードを乗せていきます。これを戻しマッピングといいます。それぞれのコンティグに対していくつのリードがマッチするのかというのを数えていくと、それぞれのコンティグが発現している量を推定することができます。このようにして、LH非存在とLH存在下で培養した顆粒膜細胞中それぞれにおけるコンティグの発現量が推定できることになるのです。さて、比べてみるとLH存在で発現が高まるコンティグは数千種見つかりました。これではどれが20β-HSDをコードしているのか見当をつけることはできません。そこで、それぞれのコンティグが何の遺伝子をコードしているのかということを、過去に全生物において役割が特定されている遺伝子データベースに対して比較することで何の遺伝子であるかを推定していきます。これにはBLASTというソフトウェアを使い、この作業をアノテーションといいます。さて、LH誘導制のコンティグのアノテーションをひとつひとつ見ていきますがやはり多すぎてどれが20β-HSDをコードする遺伝子であるかの見当を付けることができず途方に暮れてしまいました。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

20 October 2021 posted

サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された-5:メダカとの比較

ちょうど同じ頃、長濱グループでもメダカの卵成熟に伴って発現上昇する遺伝子を解析していました。われわれがサクラマスで同様の解析をしていることから、サクラマスとメダカの双方の解析結果を比べてみないかと提案をいただきました。さっそく、サクラマスの戻しマッピングとアノテーションのデータをたずさえて岡崎に飛びました。解析結果の照らしあわせは解析担当の柴田安司博士(現帝京科学大学)と行いました。印刷されたメダカとサクラマスのデータとを比べていきます。ひとつひとつのコンティグをメダカとサクラマスの卵成熟前後でどれくらい発現上昇しているのかを確認しながら、一つ一つのアノテーションをみて20β-HSDである可能性を探っていきます。それらの中で、ようやく、これではないかというメダカ、サクラマス共通のコンティグに注目することができました。それはステロイド-17β-水酸基脱水素酵素(hsd17b)に似た塩基配列を持つコンティグでした。17β-水酸基脱水素酵素というのはヒトでも16種類くらいあり、それぞれ番号が振られており、それぞれ異なった酵素活性を持っています。われわれが注目したコンティグは17β-水酸基脱水素酵素のタイプ3とタイプ12の中間に存在しているような塩基配列を持っていました。17β-水酸基脱水素酵素タイプ12様遺伝子(hsd17b12L)とよぶことにしました。なぜ「様」かというと、タイプ12遺伝子はメダカでもサケ科でもしっかりと存在していて、新しく着目したコンティグは似てはいるけど明らかに別物だったからです。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

20 October 2021 posted

サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された-6:サクラマスhsd17b12Lが20β-HSD活性を持っていることの証明

ターゲットとなるコンティグに狙いは定まりました。このコンティグの番号は#f103496でしたが、これはmRNAの部分配列(117bp)、つまりまだ断片情報しか得られていないことになります。まずは、全長のmRNA配列を決定しなければなりません。部分配列mRNAから全長配列を得るにはmRNAの未知部分の先頭(5’)と尾部(3’)の配列をRACEという方法で塩基配列情報を延ばしていきます。先頭と尾部の塩基配列が決定できると今度は先頭と尾部に合成DNAプライマーを設計し、一気通貫で全長mRNA配列を増幅します。その結果増幅された塩基配列は長さが1622塩基(bp)で、328アミノ酸をコードするmRNAでした。これでサクラマスのhsd17b12L mRNAの全長配列がようやく同定されたことになります。しかしまだ、このmRNAが20β-HSDであるかどうかは分からないので証明実験に取りかかることになります。本当は、サクラマス顆粒膜細胞においてhsd17b12Lを強制的に発現させて20β-HSD活性が現れることを示すとhsd17b12Lが20β-HSDをコードする遺伝子であると証明できます。しかし、どのような実験魚でも同じですが新しく培養細胞を確立し、しかも外来遺伝子を導入することはとても難しいのです。そのため、次善策として培養方法、遺伝子導入方法が確立している哺乳類細胞を代わりの実験として利用することが一般的です。この時はヒト胎児腎細胞(HEK293)細胞を用いました。まず、サクラマスhsd12b12Lの塩基配列をSV40プロモーターをもつpSIベクターに組み込みます。SV40プロモーターというのはラージT抗原に反応して下流のDNAを活発に転写する働きがあります。もともとのHEK293細胞にはラージT抗原はないのですが、ラージT抗原遺伝子を導入したHEK293T細胞にpSIを導入するとSV40プロモーターは活性化されます。証明実験にはSV40プロモーターの下に何のDNAも挿入していないものと(対照群)、サクラマスhsd17b12Lを挿入したもの(実験群)を作製します。これらを別々にHEK293T細胞に導入します(トランスフェクションといいます)。これら2群に、17OHPを添加して培養します。もし、20β-HSD活性が発現すれば17OHPはDHPに転換されるはずです。はたして、対照群ではDHPは作られませんでしたが、実験群では添加した17OHPはほぼ全てDHPに転換されていました(図7: Conversion from 3H-labeled 17alphaOHP)。ここに、サクラマスhsd17b12Lが17OHPに対して強力な20β-HSD活性をもつことが証明されたのです。ここまで、構想をはじめてから10年の歳月が過ぎていました。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

Figure 7: hsd17b12Lが、17αOHPをDHPに転換することの証明.

20 October 2021 posted

サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された-7:より疑いのない証拠を集める

サクラマスhsd17b12Lが強力な20β-HSD活性を持つことは証明できました。しかしこれだけでは卵成熟時の顆粒膜細胞で発現する20β-HSDをコードする遺伝子であるという証明には足りません。自然な卵成熟・排卵に伴うhsd17b12Lの発現と血中DHP量とは相関するのか(in vivo実験)、顆粒膜細胞培養においてhsd17b12L mRNAが発現したときにのみ20β-HSD活性は現れるのか(in vitro実験)、という状況証拠をさらに集めなければなりません。そこで、卵黄形成が始まる6月から排卵までの様々な発達段階にある卵巣を定期的にサンプリングします。血中DHP量を測定すると、過去の長濱グループの研究同様、卵黄形成中に血中DHP量は極めて低く、卵成熟・排卵時にのみ極めて高濃度でDHPが検出されるということが再現されました。卵巣中のhsd17b12L mRNA量を定量PCR法で調べると、血中DHP量とhad17b12L mRNA量とはとてもよく一致していました。つまり、hsd17b12L mRNAが卵巣で発現していない個体では血中DHP量は高まらないということが示されました(図8)。次に、卵成熟直前の卵濾胞から単離した顆粒膜細胞培養では、LHを添加すると17OHPからDHPへの転換能(20β-HSD活性)が強く誘導され、同時に、培養後の顆粒膜細胞においてhsd17b12L mRNA量は著しく高まりました。さらに、卵黄形成の途中、排卵2ヶ月前の顆粒膜細胞を培養したところ、LHを添加しても20β-HSD活性は卵成熟直前ほど強くは誘導されないこと、培養後顆粒膜細胞中のhsd17b12L mRNA量も大きくは上昇しないことが示されました(図8)。以上の研究結果から、hsd17b12L mRNA発現量と血中DHP量の変化はよく一致し、hsd17b12L mRNAの発現量と20β-HSD活性の強度も相関するという状況証拠を示すことができました。これらの結果を総合して、サクラマスの卵成熟の引き金を引くDHPを17OHPから合成する20β-HSDをコードする遺伝子はこれまで考えられてきたCR/20bhsd遺伝子ではなく、hsd17b12Lであるということを世界で初めて示すことができました(Ijiri et al. 2017)。この研究結果は2013年にスペインのバルセロナで開催された国際比較内分泌学会で初めて発表しました。反響は大きく、なかでも「DHP産生機構について初めてすっきりとした」と言葉をいただいた時は、われわれ以外にもすっきりしない思いを抱いていた人はいたんだなとうなずきました。これまでにCR/20bhsd遺伝子がDHP産生を担う遺伝子であるという想定のもと多々の魚種において論文が発表されていましたが、いずれもすっきりと納得いく結果を示すことができていませんでした。Hsd17b12Lの発見によって初めてスムーズに魚類卵成熟時のDHP産生を説明することができ、今後のその分子制御機構を明らかにするための足掛かりを得ることができたのです。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

Figure 8: サクラマスの20βHSDをコードする遺伝子の同定. A:hsd17b12L遺伝子を哺乳類細胞に導入すると17αOHPをDHPに転換する. B:卵黄形成期から卵成熟期にかけて血中DHP量と卵巣のhsd17b12L mRNA発現量はよく一致する. C:顆粒膜細胞の培養において、 20βHSD活性の上昇とhsd17b12L mRNA発現量はよく一致する. つまり、 20βHSDをコードする遺伝子はhsd17b12Lである.

参考文献

Ijiri S et al. (2017) 17β-HSD type 12-like is responsible for maturation-inducing hormone synthesis during oocyte maturation in masu salmon. Endocrinology 158: 627-639.

20 October 2021 posted

サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された-8:先にあるもの

サクラマスのDHP産生を担う酵素についてはこれで決着がつきました。しかし、一部の世界の研究者からは、それはサクラマスだけの話であってCR/20bhsd遺伝子がDHP産生を担う遺伝子であるというこれまでにある他魚種の報告は覆らないだろうとの声が聞こえてきました。そこで、われわれは上鰭類全般にわたって調査することにしました。進化的に古いグループに属するチョウザメ、ウナギ、新しいグループに属するティラピア、メダカにおいてDHP産生を担う分子制御の研究を行い、現在、調べた全ての魚種でhsd17b12Lが卵成熟時のDHP産生を担う20β-HSDをコードする遺伝子であることを明らかにしつつあります(Aranyakanont et al. 2020; Hasegawa et al. 2021)。全ての魚種でそうであるなら、発音しづらいhsd17b12Lという名前でなく、直裁的にhsd20という遺伝子名に変更する方がよいと思われます。しかし、様々な魚種のhsd17b12Lの酵素活性を詳細に調べていくと、20β-HSD活性のみならず17β-HSD活性も併せ持つものがあることがわかりました。これが、未だにhsd17bの文字を名前に残している理由です。次に、hsd17b12L遺伝子の発現制御機構の解明を進めなければなりません。当初は単純に、LHが顆粒膜細胞の受容体を刺激し、CRE結合タンパクがリン酸化されてhsd17b12L遺伝子のプロモーターに作用し、転写が開始するものと想定していましたが、どうもそういう単純なシステムではないということが最近分かってきました。さらに、サクラマスのようにhsd17b12Lの発現制御でDHP産生を矛盾なく説明できる種ばかりではなく、ある魚種では17OHP産生制御がDHP産生を決定しているようだということも見えてきました。つまり、hsd17b12L遺伝子の発現ではなく、cyp17a1およびcyp17a2遺伝子の発現消長によってDHP産生が制御されていることが分かってきたのです。となると、hsd17b12Lだけではなく、cyp17a1とcyp17a2遺伝子がLHサージによって発現上昇または抑制される分子制御機構の解明にも挑まなければなりません。

卵成熟・排卵のコントロールは人為的に繁殖を制御する上で鍵となるポイントです。つまり、魚類のDHP産生分子制御機構を解明することは科学的興味だけではなく魚類増養殖産業上においても重要な課題なのです。DHP産生は脳下垂体からのシグナルによる莢膜細胞と顆粒膜細胞の協働があって導かれます。このメカニズムを分子的に解明するためにはまずは、莢膜と顆粒膜を物理的に分離できる希有な魚、サケ科魚類をモデルとして研究を進め、そこで分かってきたことを基に他の養殖重要対象魚種全体に研究を進めていくことが遠回りのようで確実な道であると信じています。最後に、サクラマスなくしてhsd17b12L遺伝子の発見はあり得ませんでした。世界中でモデル生物として利用されているメダカの研究結果とのクロススクリーニングによってhsd17b12L遺伝子の特定に一気に近づけたことも大きな教訓として残っています。サケ科を含めた水産重要種のみならず小型実験モデル魚類の活用も研究を推し進める力強いツールになることを身をもって経験することができました。サケ科、チョウザメ目、ウナギ属のような水産増養殖上重要な魚種を殖やすという研究目的が第一義的にあるとしても、メダカやゼブラフィッシュのような分子情報が充実している扱いやすいモデル魚も活用していかなければならないと思っています。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

Aranyakanont C. et al. (2020) 17β-Hydroxysteroid dehydorogenase Type 12 is responsible for maturation-inducing steroid synthesis during oocyte maturation in Nile tilapia. Gen. Comp. Endocrinol. 290: 113399, 1-10 (2020)

Hasegawa Y (2021) 17β-hydroxysteroid dehydrogenase type 12-like is associated with maturation-inducing steroid synthesis during induced oocyte maturation and ovulation in sturgeons. Aquaculture, 546: 737238.

20 October 2021 posted

宇宙からの「目」を活用し「海の豊かさを守ろう」-1:サケ放流支援サービスの構築

「持続可能な開発のための2030アジェンダ」には、17の持続可能な開発(SDGs)のための目標が設けられています。14番目(SDG 14)の目標は「海の豊かさを守ろう」、すなわち「持続可能な開発のために海洋・海洋資源を保全し、持続可能な形で利用すること」とされています。さらに、SDG 14には、(1)水産資源を、実現可能な最短期間で少なくとも各資源の生物学的特性によって定められる最大持続生産量のレベルまで回復させるため、2020年までに、漁獲を効果的に規制し、過剰漁業や違法・無報告・無規制(IUU)漁業及び破壊的な漁業慣行を終了し、科学的な管理計画を実施する(14.4)および(2)2020年までに、国内法及び国際法に則り、最大限入手可能な科学情報に基づいて、少なくとも沿岸域及び海域の10パーセントを保全する(14.5)、という具体的な目標が明記されており、これら目標達成に向け科学技術の英知を集結する必要が求められていて、先進的海洋観測技術である「衛星リモートセンシング」や「海洋GIS」を利用した海洋空間の利用・管理が不可欠な時代になっています(齊藤 2017; 齊藤ら 2021)。

この10年間で、数々の人工衛星による海洋観測などが開始されています(齊藤ら 2021)。

2012年: 宇宙航空研究開発機構(JAXA)のしずく(GCOM-W1)衛星AMSR2によるマイクロ波海面温度観測の開始およびNOAA、MetOp-B 衛星による海面温度観測の開始

2014 年: 欧州宇宙機関(ESA)のSentinel-1A衛星による合成開口レーダ観測開

2015年: ひまわり8 号による海面水温の毎時観測の開始

2016年: ESAのSentinel-3A による海色(沿岸域空間解像度300 m)および海面温度観測)とNOAA/欧州EUMETSATが運営するJason-3 衛星によるレーダ高度計観測の開始

2018 年:JAXAしきさい(GCOM-C)衛星SGLIによる空間解像度250 mの観測開始、NASA/NOAA のJPSSシリーズ1号機およびNOAA-20 号によるVIIRS 観測の開始

2020年11月:NASA/ESA のSetinel-6が打ち上げられ、レーダ高度計観測の開始

また、小型衛星の活用の進み始めていて、2014 年から国産の小型衛星ASNARO-1 による光学観測の開始、2018 年には小型衛星ASNARO-2 によるSAR 画像の取得も可能になりはじめています。人工衛星のデータを活用するための、オープン&フリーデータポリシーも進展し、様々な画像処理ツール(Sentinel Toolbox6やGoogle Earth Engine)などを用いたデータ解析の簡便化もはかられています。

種々の人工衛星で取得・蓄積したデータを比較分析することで、サケの放流温度と回帰率などサケ漁業の助けとなる関係を知ることができました。NOAA 衛星AVHRR 海面水温データを利用し、サケの回帰率は、温暖な年と寒冷な年で異なっていました。さらに、実用化を目指した研究を、内閣府の2020 年度採択研究課題のもと、衛星を利用した持続可能なサケ資源生産支援プロジェクトを推進しました(齊藤ら 2021)。

サケ漁業は、北海道における主要産業のひとつです。しかし、地球温暖化等により近年来遊数と水揚げ金額が激減し、「最適な放流を予測する技術」や「回帰する資源を予測する技術」を喫緊に作り上げるが必要がありました。しきさい衛星画像、気象庁日本沿岸海況監視予測システムデータの閲覧と水温予測データを用いた放流シミュレーション機能を利用してサケ幼魚の離岸時の平均体長を推定して最適放流日の評価ができるプロトタイプWebGIS をつくることに成功しています(Figure for Establishing a salmon release support service)(齊藤ら 2021)。

漁港でのサケ水揚げ
しきさい衛星SGLI海面温度画像

齊藤誠一・北海道大学名誉教授(世界で最も影響力のある環境科学者1000人に選出)/大学院水産科学研究院

参考文献

齊藤 誠一 (2017) 衛星リモートセンシングで海洋空間を知る水産資源の持続可能な利用のためのアプローチ. 情報管理 60, 641-650.

齊藤誠一ら (2021) 水産分野におけるリモートセンシング利用の現状・課題・展望. 日本リモートセンシング学会誌, 41, 189-199.

20 October 2021 posted

サケ科魚類のウイルス病-1: 伝染性造血器壊死症

伝染性造血器壊死症は(infectious hematopoietic necrosis、IHN)は、IHNウイルス(IHNV)によるサケ科魚類の感染症です。IHNは、1950年代頃から米国西海岸でベニザケOncorhynchus nerkaおよびマスノスケO. tschawytscha稚魚の病気と知られていました。IHNはアメリカの風土病的存在でしたが、1970年代に日本でも発生し,日本国内に広まりました。魚体重0.5 g以下の稚魚に高い死亡率をもたらしますが、成長に伴い死亡率は低下します。マスノスケ、ベニザケおよびニジマスO. mykissでよく発生し、最近では冷水病との混合感染が多く、大型魚の発症例が増えてきています。近年日本の沿岸でトラウトサーモン養殖が盛んになっており、海面でのIHNの発生も危惧されます。

IHNV粒子は,一般的に直径70-80 nm, 長さ160-180 nmのエンベロープを有する砲弾型を呈しています。エンベロープは、ウイルスの一番外側にある脂質膜であり、ウイルスが宿主に感染するときに重要な役割を果たします。IHNVは、5つの構造タンパク質から構成されますが、そのうちの1つのタンパク質(Gタンパク質)がIHNV粒子表面のエンベロープに組み込まれています。ワクチン製造の際は、ウイルス粒子全体を不活化して作製したものと、Gタンパク質のみを精製して作製したものは同等の感染防御効果を示します。このような性質をもつタンパク質を「感染防御抗原」と呼びます。アメリカではGタンパク質をコードするプラスミドを魚体内に注射するDNAワクチンが実用化されています。このDNAワクチンが投与された魚体内でGタンパク質が発現し、魚体内でGタンパク質に対する十分な抗体が産生されると、感染防御効果が得られます。日本では残念ながらDNAワクチンが実用化されていません。IHNの蔓延を防ぐため、稚魚期にワクチンを投与したいのですが、0.5 g程度の稚魚に注射することはできません。そのため、注射せずに投与できるワクチンを開発する必要があると考えています。

我々の研究室では、IHNを防除するための卵消毒条件を明らかにしています。事前に卵表面を洗浄することでより高い効果が期待されますが、このときに使用する洗浄水は,魚の体液の塩分濃度に近づけた水(生理的食塩水といいます)を使わなければなりません。卵が真水に触れた30分後には、卵の状態が変化して受精できなくなってしまうためです。このように、魚の病気を防ぐためには魚の生理や発生の仕組みも良く把握しておく必要があり、北大水産学部内の多くの専門家の力をお借りして研究を進めています。

笠井久会・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

Yoshimizu M. et al. (2011) Survivability of Infectious Hematopoietic Necrosis Virus in Fertilized Eggs of Masu and Chum Salmon. J Aquatic Animal Health.

西澤豊彦・吉水守(2017)伝染性造血器壊死症. 魚病研究.

6 July 2023 posted

サケ科魚類のウイルス病-2: サケ科魚ヘルペスウイルス病

サケ科魚ヘルペスウイルスは複数見つかっていますが、日本ではサケ科魚ヘルペスウイルス2型(Salmonid herpesvirus 2; SalHV-2)による感染症が問題となっています。1978年に北海道内のさけますふ化場のサクラマス(O. amasou)親魚からヘルペスウイルスが分離され、腫瘍原性を有していたことから,腫瘍原性を有するoncogenicなサクラマス (Oncorhynchus masou) 由来のウイルスとして Oncorhynchus masou virus (OMV) と命名されました。その後、国際ウイルス分類委員会によりヘルペスウイルスの名称が整理され、サケ科魚類に感染するヘルペスウイルスで2番目に見出されたウイルスとしてSalHV-2が正式な名称となりました。このウイルスは北海道大学水産学部の研究室で初めて発見し命名したものであるため、ここではOMVと呼称します。

日本におけるサケ科魚類のヘルペスウイルス病(OMV病)は,当初サクラマスあるいはヤマメの病気と考えられていましたが、1987年に東北地方の淡水養殖ギンザケ(O. kisutch)からヘルペスウイルスが分離され,翌年には海面養殖ギンザケからもヘルペスウイルスが分離されました。ギンザケでは幼魚から成魚まで感染し、死亡率は30%に達することから産業的な問題となりました。サクラマスやギンザケでは防疫対策の徹底により,東北以北におけるOMV病の発生は終息へと向かいました。しかし、1992年に、北海道で、死亡率が80%に達する養殖ニジマス成魚の大量死が発生し、病魚からOMVが分離されました。さらに、1999年に長野県の養殖ニジマス成魚に大量死が発生し、病魚から分離されたOMVは従来のウイルスと異なり稚魚から成魚まで感染・発症し、本州各地のニジマスに大きな被害をもたらしたのです。

我々の研究室では、OMVの発見、検査法の確立、防除対策による衛生面の向上と生産安定化に取り組んできました。これらの貢献により、WOAH(=OIE, 国際獣疫事務局)によりレファレンスラボラトリに指定され、診断および診断方法に関する助言や診断に利用する標準株・診断試薬の保管等を行っています。日本国内には、魚類ではOMV病に加えコイヘルペスウイルス病およびマダイイリドウイルス病のリファレンスラボラトリがあり、家畜の疾病を合わせると計12疾病のリファレンスラボラトリが国内で活動しています。我々は、国内外のリファレンスラボラトリと連携して、OMV病を含む魚類疾病の制圧に向け国内外での役割を果たしていきます。

笠井久会・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

6 July 2023 posted

遡河性サケ属魚類の二次性徴

海と川を往来する魚の中で,産卵のために川を遡る魚を遡河性回遊魚と呼びます。その代表格であるサケ属魚類 (Genus Oncorhynchus: 以下、サケ類)は、一部の種を除いた多くの種が河川での繁殖後に死んでしまうという生活史をもった一回繁殖型の魚です。サケ類は、海洋での索餌回遊中は雌雄ともに同じような外見をしていますが、河川に回帰してくる成熟時には、婚姻色や背隆起、鼻曲がり等といった雌雄で全くく異なった外部形態を示します。これらは、二次性徴と呼ばれ、その多くは、雄同士の争いや、雌へのアピール等に利用されると考えられています。また、二次性徴の発達には硬骨魚類の主要な雄性ホルモン(アンドロゲン)の一つである11-ケトテストステロン (11-KT) が関与することが示されています。

工藤秀明・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

6 July 2023 posted

サケ類の二次性徴-1: 背隆起

サケ類のカラフトマス (O. gorbuscha) やベニザケ (O. nerka) の雄では、性成熟に伴い「背隆起(ハイリュウキ)」が顕著に発達します(背景写真)。一般には、「セッパリ(背張り)」と呼ばれますが、特定の病状を示す差別用語ということで使用は控えた方が良いとされています(ちなみに、英語での”humpback”も同じ意味となっています)。背隆起は、産卵場におけるペアになる雌をめぐる雄同士の闘争の際に、進行をブロックする働きや一定以上に厚みができることで、横方向から他の雄に噛まれないという利点があります。過去の研究では、内部の肉眼的な観察から線維性軟骨といわれる「軟骨」の組織塊が詰まっているという国内外ともに発表されており、サケの専門家の間でも「軟骨説」が支持されてきましたが、私たちの研究グループでは、カラフトマスの背隆起を顕微解剖学的な視点から解析しました(Susuki et al. 2014)。その結果、背隆起の中心にある骨は「不完全神経間棘」という硬骨であり、成熟に伴って長く、太く、そして体の軸に対する角度も大きくなることが判明しました(Movie 1)。加えて、過去に骨の周りに存在すると報告されていた軟骨組織は観察されず、実際は「疎性結合組織」であることが分かりました。この組織の成分には皮膚に含有するコラーゲンと同じタイプであるⅠ型コラーゲン、ヒアルロン酸および水分が多くを占めていることも明らかにされています(Movie 2)。さらに、雄の成熟個体では未成熟個体や雌個体よりも血液中の11-KT濃度が高く、背隆起の形成における雄性ホルモンの関与が示唆されました。

Movie 1. MicroCT画像: 骨格.

Movie 2. MicroCT画像: 水分.

工藤秀明・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献

Susuki K. et al. (2014) Dorsal hump morphology in Pink Salmon (Oncorhynchus gorbuscha). Journal of Morphology 275: 514–527.

6 July 2023 posted

サケ類の二次性徴-2: 鼻曲がり

サケ類の雄では、性成熟すると吻部が鉤状に伸⻑し、繁殖歯と呼ばれる牙が発達する「鼻曲がり」という顔の変化が起こります(背景写真)(Movie 3 & 4)。鼻曲がりは、産卵場での雌をめぐる闘争の中で、まさに武器になる部位になります。私たちの研究グループでは、⿐曲がりの形成メカニズムの解明および雄性ホルモンが関与するかどうかを解析しました(Kudo et al. 2018)。その結果、上顎では軟⾻細胞、軟⾻基質が増⼤しており、下顎では⻭⾻先端に付加する海綿状⾻組織が発達・伸⻑していることがわかりました。さらに、PCR法による遺伝⼦解析や免疫組織化学的解析から、両顎ともに雄性ホルモン受容体が局在しており雄性ホルモンの関与が⽰唆されました。⾎液分析においても、成熟に伴い⾎中11-KT濃度が上昇し、成熟雌と⽐べて成熟雄でより⾼い11-KT濃度を⽰したことから、雄性ホルモンを介して、⿐曲がり構造が発達することが⽰唆されました(Figure 1)。

Movie 3. MicroCT画像: 未成熟個体.

Movie 4. MicroCT画像: 成熟個体.

Figure 1. 鼻曲がり形成メカニズムの概要.

工藤秀明・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献

Kudo H et al. (2018) Involvement of 11-ketotestosterone in hooknose formation in male pink salmon (Oncorhynchus gorbuscha) jaws. General and Comparative Endocrinology 260: 41–50.

6 July 2023 posted

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