2024年は、森澤信夫が日本で最初の邦文写真植字機を考案して石井茂吉と共に特許を申請しその実用化に着手してから100周年にあたることから、「邦文写真植字機発明100周年」を記念・祝賀する種々のイベントが開催されている。
日本で写真植字機が考案される以前から、写真植字機の構想や試作はドイツやイギリスに既にいくつか存在していた。欧米で写真植字機が本格的に実用化されるのは1940年代になるが、例えば、既に1915年にはドイツで移動する感材上に瞬間的に文字の図像を感光させる方法が考案されていたといわれる(L. W. Willis. A Concise Chronology of Typesetting Developments 1886–1986, [London: The Wynkyn de Worde Society in association with Lund Humpheries, 1988], p. 16)。
1920年代、既に欧米においてはLinotypeやMonotypeなどの活字鋳造植字機が用いられ、初期の新聞組版用途だけでなく書籍の組版の領域にまで普及が加速していた。そのため、欧米の写真植字機のアイデアや試作にとって、プロポーショナルの欧文をジャスティファイして組むことは最初から必須の機能であった。
例えば1921年にEdger Kenneth Hunterが考案し、その後Johannes Robert Carl Augustと共同でいくつかの特許を取得した写真植字機は、紙テープを利用した簡単な入力文字のバッファー記憶を有していた。欧米の写真植字機には初期の内から、植字工程の自動化が課題としてあった。他方で、森澤・石井による邦文写真植字機は、カメラとタイプライターとを融合させたような機械であり、自動化よりも写真を使って植字することに重点が置かれていた。そのため、邦文写真植字は1960年代以後のコンピュータ制御された写真植字機へと連続的には発展しなかった、むしろそれとは別の機能強化がなされ、独自の展開を遂げた。
そのため、邦文写真植字機について考える場合に、その独特の性質(例えば、手動であること、後期の邦文写真植字機における空印字機能を除けば、基本的には入力文字のバッファー記憶を持たないこと、変形や斜体を特殊なレンズで行うこと、字送り量や行長・行間を指定する単位である歯数、文字の大きさを指定する単位である級数など)が注目されることが多い。たしかに、それらが邦文写真植字木の特徴であることに間違いはないし、邦文写真植字機について語る上で不可欠の要素であることに疑問の余地はない。
他方で、欧米の初期の写真植字機の開発に触発されて邦文写真植字機が生み出されたことから明らかなように、邦文写真植字機もまた、世界で開発された写真植字機と共通の性質をもっている。その共通の性質にもさまざまなものがあるが、ここでは、「写真植字(phototypesetting」という言葉のもつ意味について少し考えてみたい。
写真植字(phototypesetting)という言葉は、グーテンベルクが発明した西洋式の活字鋳造・活版印刷であれ、中国・韓国・日本における種々の活字版印刷であれ、邦文写真植字機であれ、コンピュータ化されデジタルフォントを用いるいわゆる電算写植機・自動写植機であれ、現代のイメージセッターを用いるDTPであれ、定型化された文字の形を個別の目的に合わせた形式に変換しながら複写・複製するという、基本的なタイポグラフィの機能を、極めて一般化して表現している。なぜなら、phototypesettingのphoto-はphotography(写真)のphoto-と同じく、その語源はギリシア語で光を意味する語(ϕωτο)から来ているからである。
物体としての活字を支持しているのは活字合金という金属であり、木活字の場合は木材であり、写真植字の文字盤ではガラス版であり写真フィルム(または写真乾板)であり、デジタルフォントの場合には文字の形はビットの組み合わせによって表現されている。しかし、そのどの場合においても、定型化された文字の形が、字母として用意され、その視覚的形状つまり光の反射率の差異による図形パターンが、中間的な媒体を経る中で処理され、最終的には、やはりまた、印字され印刷された文字の形、視覚的形状として、つまり光の反射率の差異による図形パターンとして、目的に応じた形式で変形され再配置されながら、再現される。
つまり、文字の形は視覚に働きかける以上、それは光の作用なのであって、それを目的に応じて調整あるいは変換しながら再現するという機能は、あらゆるタイポグラフィの技術に共通している。そして、その機能が光の作用であることを最も明快に表している言葉が「写真植字(photo-typesetting)」という言葉なのである。このことは「写真」という漢語の場合でも大きくは変わらない。写真技術が発明される以前の、漢語の「写真」の意味として、大漢和辞典は「實相をうつす」という意味と「人の繪姿」とを示している(『大漢和辞典』縮寫版第四刷 巻三、大修館書店、1974年、p. 1105)。タイポグラフィの場合には、定型化された文字の形をうつすのである。
このような意味から、極端な言い方をすれば、タイポグラフィの技術はすべて写真に似ている、と言える。
もちろん、定型化された文字の形の再現技術が変化すれば、印刷された場合の紙面での見え方が異なってくることは避けられない。例えば、活版印刷を用いた場合と写真植字とオフセット印刷を用いた場合とで、見え方や印刷の効果は異なってくるであろう。
しかし、上で述べたように、「写真植字(phototypesetting)」という言葉は、他の植字技術との特殊技術的な差異だけでなく、文字の再現技術としてのタイポグラフィの歴史的な種々の技術に共通の一般化された本質的な働きも際立たせる。これもまた写真植字技術がタイポグラフィの歴史にもたらした功績の一つではないか。
2024年7月27日