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王道
冬に旬を迎え水産資源として王道の魚たちをFoMで紹介していきます。まず初めに、カレイとヒラメの登場です。これらの資源・生態研究を進め、膨大なデータを蓄積し、水産資源の分野で存在感が抜群な髙津哲也 教授に、話題を提供いただきます。髙津教授は、2022年春に、「北水ブックス 卓越年級群 カレイとタラの生残戦略」を執筆しており、今回公開するカレイ・ヒラメのコンテンツと合わせて、知見をアップデートいただけると幸いです。
このコンテンツのウェルカムフォトはマツカワ Verasper moseriです。髙津教授が、噴火湾で、北海道大学水産学部附属練習船うしお丸を使い、資源調査した時に採集したものです。マツカワは、別名タカノハガレイとも呼ばれ、大きい個体は座布団ほどあります。資源量の減少を受け、幻の魚といわれたこともあります。外観はもとより、その味と触感は、冬の魚の王道をいっています。北海道の噴火湾沿いでは、王鰈(おうちょう)というブランド名で流通しています。
また、二尾上下で並んだ個体は噴火湾で採集されたアカガレイです。アカガレイのトピックスは、このカレイ・ヒラメ・コンテンツで、たくさん紹介されています。
2022年11月に、うしお丸三世が竣工しました。髙津教授をはじめ、北海道大学大学院水産科学研究院は、北海道沿岸の水産資源の研究を牽引する方が大勢います。新たなうしお丸とともに、水産資源データのさらなる集積と新たな発見が期待されます。
FoM Editorial
28 December 2022 posted
カレイとヒラメの見分け方
魚屋さんや料理人なら「お腹を手前にして左側に眼があればヒラメ,右側に眼があればカレイ,つまり『左ヒラメに右カレイ』」と覚えているはずです。日本語名よりも英語名はもっとわかりやすくて,カレイ類は“righteye flounders”,ヒラメ類は“lefteye flounders”で,形態がそのまま名前になっています。カレイ・ヒラメ類は生まれた直後の仔魚(しぎょ)期には,普通の魚と同じように眼は両側にあって浮遊生活を送り,稚魚に変態して海底で暮らす頃には眼の移動が完了します(写真1)。しかし,眼の移動方向は種内で完全に決まっているわけではなく,例えばヌマガレイPlatichthys stellatusは,カリフォルニア沿岸では55%の個体が,ワシントン州沖では56%が,アラスカ半島では68%の個体がカレイなのに左側に眼がある「逆位」で,日本ではほぼ100%逆位です(Hubbs and Kuronuma, 1942;写真2)。また,100%眼が右側に移動すると言われているアカガレイHippoglossoides dubiusでも,筆者の観察では正確な数字ではありませんが,約5000個体くらいのうち1個体くらいは逆位個体が出現し,左側に眼が移動している個体が見つかります。そのため,逆位でも分類できる基準が別途必要になります。
ヒラメ科(※)とカレイ科に限定されますが,視神経の交差状況が明確な分類基準になります。眼がどちらに移動しようと神経交差に変化がないからです(ヒラメとカレイを見分ける方法を参照)。
ヒラメ科:(左脳につながる)右眼(黒色)の神経が背側(画面の上の方)に位置する
カレイ科:(右脳につながる)左眼(灰色)の神経が背側(画面の上の方)に位置する
日本産ヌマガレイはヒラメと同様に眼は左体側にあるが,左眼(灰色)の神経が背側(画面の上の方)に位置して,ヒラメと逆なのでカレイ科(逆位のカレイ科)
このように『左ヒラメに右カレイ』は,日本産のヒラメ科とカレイ科に限ればヌマガレイを除いて眼の位置でほぼ分けることができますが,視神経交差はもっと信頼できる基準で,ヌマガレイのような逆位が生じても分類できる基準です。
しかし対象をカレイ目(※)全体に対象を拡げると,このルールは使えなくなります。ボウズガレイ亜目Psettodoideiは同じ種内でも眼の移動先が左右ランダムなだけではなく,視神経交差の上下関係もランダムです。つまり,目の移動先と視神経の上下関係で合計4パターンあります。シタビラメ・ウシノシタ類は,眼の移動先はササウシノシタ科が右側,ウシノシタ科が左側と決まっていますが,視神経交差は眼とは無関係でランダムなので,それぞれ2パターンあることになります。
では研究者はどのようにしてカレイ目を分けているかというと,眼が左とか右,体色とかは重要視項目でなく(生息している海底の状態に応じて体色を変化させるため),全体的な体形や口の大きさ,鰭の形,眼の間の距離や眼から吻(ふん;口の先)までの距離,鱗の大きさ,側線のそり方,鰭条数(きじょう;ひれのとげの数)などの比較的安定した形質を調べて種を分けています。種を同定できない場合には,解剖を行って骨の数や形状,咽頭歯の形を調べ,それでも無理ならDNA解析で雑種の可能性も含めて検討することになります。他の生物と同様に,形態による種判別には限界があるのです。
※Nelson(2006)による分類体系では,カレイ目Pleuronectiformesはまず,ボウズガレイ亜目Psettodoideiとカレイ亜目Pleuronectoideiの2つに分かれます。ボウズガレイ亜目は1科1属3種と少なく祖先的な形態で,個体によって眼が右体側と左体側にランダムに移動します。カレイ亜目は13科133属675種と多様で,代表的な科としては,ヒラメ科Paralichthyidae(眼が左体側),カレイ科Pleuronectidae(多くは眼が右体側),ササウシノシタ科Soleidae(眼が右体側),ウシノシタ科Cynoglossidae(眼が左体側)があり,カレイ科とヒラメ科は分類学的には同じカレイ亜目に含まれる,という見解です。
髙津哲也・ 北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
Hubbs, C. L. and Kuronuma, K. (1942) Hybridization in nature between two genera of flounders in Japan. Pap. Mich. Acad. Sci., Arts and Letters, 27: 267–306, pls. 1–4.
松原喜代松,落合 明,岩井 保(1979)「新版 魚類学(上)」.恒星社厚生閣,東京,375 pp.
Nelson, J. S. (2006) “Fishes of the World (Fourth Edition)”. Wiley & Sons, Inc., Hoboken, New Jersey. ISBN 0-471-25031-7.
Norman, J. R. (1934) A systematic monograph of the flatfishes (Heterosomata). I. Psettoidae, Bothidae, Pleuronectidae. British Mus., London, 459 pp.
28 December 2022 posted
カレイ・ヒラメ類の食性
カレイ・ヒラメ類の形態は種によって多様で,例えばヒラメParalichthys olivaceusはカレイ類よりも大型で体が薄く,眼が離れて口が大きく,ギザギザした歯が生えています。食性はほぼ魚食性です(写真1)。一方,カレイ類のマコガレイPseudopleuronectes yokohamaeやマガレイPseudopleuronectes herzensteiniは口が小さく(写真2;マコガレイ),主に多毛類(ゴカイ,イソメ類)を主体とするマクロベントス(採泥器で採集され,1 mm目のふるいの上に残る底生生物)を捕食します(高橋ほか,1987)。ササウシノシタ科は多毛類や二枚貝類,小型甲殻類を中心に捕食します(Piet et al., 1998)。このようなカレイ・ヒラメ類の形態と食性の関係を,種間で比較した研究は古くからあります。ヒラメ科は昼間に餌を発見・追跡する必要があることから,脳の視葉が嗅葉よりも相対的に大きく,餌を濾す鰓把が大型で,大きな餌を消化するために胃は大型で小腸は短めです(de Groot, 1969; 1971)。一方カレイ科は昼間に多毛類をはじめとする様々な動物を捕食し,視覚だけではなく嗅覚も用いるため,視葉だけではなく嗅葉もやや大きく,鰓把が小型で胃は中型,小腸がやや複雑です。ササウシノシタ科もカレイ科と同様に多毛類を捕食しますが,夜間に嗅覚に頼って吸い込み捕食を行うため眼が極端に小さく,視葉は小型で嗅葉が大きく,鰓把はほぼ欠如し,胃は小型で小腸がかなり長く複雑です。これらの飼育実験を行うと,ヒラメ科は餌のにおいを付けたボールよりもエビや魚の模型に反応し,カレイ科はエビにはあまり反応しませんが,においを付けたボールには反応し,ササウシノシタ科はエビの模型やボールには気まぐれに反応し,においだけを流した場合が最も良く反応します(de Groot, 1969; 1971)。つまりヒラメは視覚に頼る昼間捕食者,カレイ科は視覚で餌を認知し,嗅覚も併用する昼間捕食者,ササウシノシタ科はおもに嗅覚に頼る夜間捕食者と区別できます。
一方で魚類は,成長するにつれて餌を変化させ,体の大きさに適したサイズに転換する性質があります。例えば口の大きさは中くらいのカレイ科のアカガレイは,全長20 cm以下では小型甲殻類のアミ類やクモヒトデ類,小型のエビ類を捕食しますが,20 cmを超えると小型ですが逃避能力の高い大型プランクトン(オキアミ類と端脚類)や,小型の魚類なども捕食するようになります(図1;髙津,2022より引用,元データは,横山ほか1994;Kimura et al. 2004;Inagaki et al., 2014より引用)。加えてこのような食性には年変動があり,3回の調査を行った期間のうち真ん中の2000~2001年には,環境中のクモヒトデ類の密度が低かったためにこの餌を捕食できず(Inagaki et al., 2014; 髙津,2022),仕方がないので追いかけ回すのに体力を使う端脚類や小型魚類を捕食し,貝殻が消化できないので重量のわりに獲得できる熱量の低い二枚貝を丸呑みしていました。その結果,2000~2001年のアカガレイは他の年よりも痩せており,成長も悪かったことがわかっています。つまりアカガレイは,動きが遅くて食べやすく,捕食コストが低くて高成長が期待できるクモヒトデ類が環境中で少ない場合,他の餌に転換してしぶとく生き残る能力があることを意味しています。またこのような底魚(そこうお)類であるアカガレイが代替の餌を転換できる柔軟性は,浮魚類に比べて遊泳速度が遅く回遊規模が小さいデメリットを補完する生き残り戦略を意味しているのではないかと思います。
なお,東北沖太平洋に生息するカレイ科のサメガレイClidoderma asperrimumはいつでもほぼクモヒトデ類を専食しており(三河,1953),噴火湾のアカガレイのような柔軟性の高い食性ではありません。サメガレイのような頑なな「単食者(specialist)」も存在するため,すべての魚が環境に応じて柔軟な食性を示す「汎食者(generalist)」ではないことに注意が必要です。単食者はおそらく,他の魚類が見向きもしない餌に特化することで,他種との餌をめぐる競合を回避することに重点をおいた生残戦略なのでしょう。
髙津哲也・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
de Groot, S. J. (1969) Digestive system and sensorial factors in relation to the feeding behaviour of flatfish (Pleuronectiformes). Ices J. Mar. Sci., 32: 385–394.
de Groot, S. J. (1971) On the interrelationships between morphology of the alimentary tract, food and feeding behaviour in flatfishes (PISCES: Pleuronectiformes). Neth. J. Sea Res., 5: 121 196.
Inagaki, Y., T. Takatsu, M. Kimura, Y. Kano, T. Takahashi, Y. Kamei, N. Kobayashi, and T. Maeda (2014) Improved growth of flathead flounder Hippoglossoides dubius in hypoxic waters in Funka Bay, Japan. Fish. Sci., 80: 725 734.
Kimura, M., T. Takahashi, T. Takatsu, T. Nakatani, and T. Maeda (2004) Effects of hypoxia on principal prey and growth of flathead flounder Hippoglossoides dubius in Funka Bay, Japan. Fish. Sci., 70: 537 545.
三河正男(1953)東北海区に於ける底魚類の消化系と食性に就いて(2).東北海区水産研究所研究報告,2: 26 36.
Piet, G. J., A. B. Pfisterer, and A. D. Rijnsdrop (1998) On factors structuring the flatfish assemblage in the southern North Sea. J. Sea Res., 40: 143 152.
髙津哲也(2022)「卓越年級群 カレイとタラの生残戦略」,海文堂出版,東京.128 pp.
高橋豊美,前田辰昭,土屋康弘,中谷敏邦(1987)陸奥湾におけるマガレイおよびマコガレイの分布と食性.Nippon Suisan Gakkaishi, 53: 177–187.
横山信一,前田辰昭,中谷敏邦(1994)噴火湾およびその沖合におけるアカガレイの食物組成とメガロベントスの分布.Nippon Suisan Gakkaishi, 60: 719–726.
図1 噴火湾におけるアカガレイの年代別食性の変化(髙津;2022より引用,元データは,横山ほか1994;Kimura et al. 2004;Inagaki et al., 2014より引用改変)。斜字体のオキアミ類と端脚類はプランクトン。
28 December 2022 posted
アカガレイとソウハチの漁獲量変動
標準和名アカガレイHippoglossoides dubiusは冷水性種で,日本海若狭湾では「越前ガレイ」としてブランド化されています。本種は島根県以北の日本海と茨城県以北の太平洋の水深300 m前後の大陸棚斜面に分布していますが,北海道噴火湾では水深100 mよりも浅いにもかかわらず高密度に生息しています。その理由は噴火湾の海底は周年低水温に保たれるためであり,沿岸親潮が昇温を開始する春先に表層から流入して冷水で蓋をすることで夏季の昇温が防がれているせいです。またソウハチCleisthenes pinetorumも冷水性のカレイで,アカガレイよりやや浅く,やや高水温の水域に生息しています。魚屋さんやスーパーでは「ソウハチガレイ,宗八」として売られていることが多いです。ソウハチの語源は「総髪」で,武士のように月代(さかやき)を剃っていない髪型に,背鰭や臀鰭,尾鰭が似ていたため,名付けられたようです。
このソウハチですが,噴火湾では2013年に漁獲量のピークがみられ(2215トン)その後減少しています(図1)。一方アカガレイは,6~9年ごとにピークを示しながら全体として減少しています(2021年漁獲量: 270トン)。このような漁獲量変動の原因としては,1. 漁獲規制,2. 環境変化に対する生物学的応答,3. 経済学的要因,が考えられます。
まず1の漁獲規制ですが,1987年から1990年には,アカガレイの漁獲量の低下が急激であったため(図1),当時の北海道大学の前田辰昭教授がアカガレイの底刺網漁に従事する漁師さんたちに自主規制を提案し,底刺網の反数制限,目合拡大,2月は禁漁,の3つが始まりました。その結果1991年以降は卓越年級群の発生もあって,徐々に漁獲量が回復しました。その後現在まで,漁獲規制は強化されていません。
次に2の環境変化に対する生物学的応答ですが,アカガレイは産卵期中の1~2月に水温が5.25℃以上の年には,浮遊期の仔稚魚の生残率が高い卓越年級群が発生しやすいことがわかっています(Nakatani et al., 2002;髙津,2022)。年級群とは,人間でいえば学年であり,同じ産卵期に生まれた同い年のグループを意味し,卓越年級群は特に生き残りが良い年級群のことです。アカガレイのふ化時の体長は3 mm程度と親に比べて非常に小さく遊泳速度が遅いため,まだ餌を捕食するのが上手ではありません。また魚類は変温動物のため,水温が低いほど餌に襲い掛かるスピードが低下します。アカガレイは5.25℃以上の高水温年に必ず生残率が高くなるとは限りません。高水温環境は高生残率の卓越年級群になるための必要条件ですが十分条件ではありません(髙津,2022)。別な言い方をすれば,5.25℃以下ではけっして卓越年級群は発生しません。また,高水温年なのに卓越年級群にならない年もあることから,卓越年級群の発生に必要な条件は,他にもありそうです(まだわかっていませんが)。噴火湾では卓越年級群が全体の約85%を占め,周期性はなく平均的には3~4年に1回くらいの頻度で発生しています。ですから噴火湾の1~2月の水温を,人工衛星等からの計測で5.25℃以上であることを確認したら,その年生まれの年級群は卓越年級群になるための「入場整理券」をゲットできたと判定できます。アカガレイは4~5歳くらいから底刺網漁業で漁獲され始めるため,楽しみに待っていても良いのですが,待ちきれない場合には2~3歳魚も採集できる目合の細かい漁具で漁期前調査を行えば,その2年後の資源量の増減をほぼ確実に予測できます。これは2~3歳以降の生残率は,漁獲圧が急激に変化しない限り年によってほとんど変化しないことを意味しています。実際,北海道立総合研究機構函館水産試験場では毎年,そりネット採集でアカガレイの若齢魚を採集し,加入量予測に役立てています。
ソウハチも卓越年級群が発生する魚種で,全年齢群のうち卓越年級群が約8割を占めます。産卵期はアカガレイとは異なり6~9月で,この産卵期中にプラクトンネットで,ふ化してからやや成長した体長5~7 mmくらいの浮遊仔魚が多く採集された年には,卓越年級群が発生することがわかっています(栗藤ほか,2005;平岡ほか,2009;髙津,2022)。また,体長2~3 mmのふ化直後の仔魚は,環境中の餌の密度とは関係なく,水温が12℃以上でのみ十分に餌を食べることができることから(平岡ほか,2009;髙津,2022),アカガレイと同じように低水温環境では餌を捕食ができずに死亡しやすいことがわかりました。そこで夏季に仔魚が生息している水深30 m層の水温を年によって比較すると,卓越年級群が発生した年は例外なく水温12℃を超える期間が長い年でした(平岡ほか,2009)。従って卓越年級群の発生を知るためには,夏季にプランクトンネットでソウハチ仔魚を採集して,やや大型な仔魚が多く採集されるかどうか調べればよいことになります。また確認のために,水深30 m層の水温観測で12℃を超えている期間が長いことを調査すれば,その後の資源量増加に確信が持てます。実際2003年のソウハチ漁獲量の増加(図1)は,2001年の卓越年級群の発生によって支えられていました。その後2017年までの増加は,近年の夏季の噴火湾の高い水温が,卓越年級群が発生しやすい環境を形成していたためと考えられます。しかし2018年以降の漁獲量低下は,その後現在まで噴火湾の水温は比較的高いため,水温だけでは説明できません。
3の経済学的要因について説明します。2007年以降は原油価格に伴う漁船燃油と網資材が高騰し,噴火湾沿岸の漁師さんたちが底刺網漁を手控えたために,刺網漁具の設置数がかなり減少しました。北海道大学水産学部附属練習船うしお丸の調査でも,噴火湾では2007年以前にはたくさんの底刺網がみられましたが,最近ではかなり減った実感があります。噴火湾のソウハチは水深70 mよりも浅い水域に多く生息していますが,アカガレイはそれよりも深い水域に多いため,アカガレイを狙うとなると沿岸の各漁港から漁場までの距離が長くなり,漁船の燃料代が嵩みます。アカガレイの単価は1 kgあたり402円(2021年平均単価)であり,ソウハチの102円/kgのおよそ4倍と高いのですが,もしソウハチが4倍以上漁獲できるのであれば,無理にアカガレイを狙う必要はなくなります。この傾向は漁獲量とWTI原油価格の関係にも表れており,アカガレイの年間漁獲量はWTI原油価格と負の傾きを持つ回帰式が,ソウハチ年間漁獲量は逆に正の傾きを持つ回帰式が得られます(図2左)。これらより,燃料代が高い年には浅い水深に生息するソウハチを多く漁獲すると解釈できます。なおアカガレイとソウハチの漁獲量の間には有意な相関はなかったことから,両者の漁獲量はほぼ独立して変動しているといえそうです。
2018年以降のソウハチの漁獲量低下は,比較的浅い水深に分布するソウハチを狙う漁師さんたちがさらに減少し,ソウハチよりもさらに浅い水域生息しているマガレイやイシガレイを狙う漁師さんが増えていたことが原因かもしれません。また,アカガレイやソウハチに対する需要の低下が,卸値の低下を招き,漁獲量の減少に拍車をかけているようです。なお一部の漁師さんたちがアカガレイの底刺網漁を完全には諦めない理由は,比較的値段が高く,漁獲規制のないベニズワイガニChionoecetes japonicusが混獲できるため,一定の利益確保に期待しているためと考えられます。
以上のように噴火湾のアカガレイとソウハチの漁獲量は,2007年以前は自然現象で生じた資源量変動と漁獲規制が大きく影響し,原油価格が高騰したそれ以降は,収益性から漁業対象を変更せざるを得ないという異なる要因で変動していたものと考えられます。日本の食料自給を支える沿岸漁業をこれからも守ってゆくためには,燃料等のコストの削減とともに,アカガレイやソウハチが適正な価格で取引されるような需要喚起と,付加価値を高めるための工夫が必要と思います。
髙津哲也・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
北海道水産林務部(1987~1993)北海道水産現勢,北海道水産林務部,札幌.
北海道水産林務部総務課(2022)北海道水産現勢(2022年12月14日参照).
北海道水産林務部総務課(2022)マリンネット北海道データベース検索(2022年12月14日参照).
栗藤亜希子,平岡優子,髙津哲也,伊村一雄,小林直人,亀井佳彦(2005)噴火湾とその周辺海域におけるソウハチCleisthenes pinetorum仔魚の輸送.水産海洋研究,69: 145 155.
平岡優子,髙津哲也,大野雄介,奥村裕弥,高橋英昭,高橋豊美(2009)噴火湾におけるソウハチCleisthenes pinetorum仔魚の摂餌強度と年級群強度.水産海洋研究,73: 90 101.
髙津哲也(2022)「卓越年級群 カレイとタラの生残戦略」,海文堂出版,東京.128 pp.
The World Bank(2022)Commodity Market(2022年8月4日参照).
28 December 2022 posted
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