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Site opening on 12 July 2023
抉じ開ける
科学の難問解決に、意外と身近な生物たちが貢献していることが少なくありません。ホタテガイも、その一つです。巨大な貝柱を持つことから、筋肉の収縮と弛緩の制御についての予期しなかった多くの発見がなされています。北海道大学水産科学研究院の高分子化学のラボの研究者たちが、それらの発見に多くの貢献をしてきています。背景写真は当時の研究の時に撮影されたホタテガイ横紋筋です。その成果を、井上晶教授に紹介いただきます。さらに、井上教授は、ここ最近、ホタテガイから数々の新規な酵素を見いだすことにも成功しています。ホタテガイの様々な謎を抉じ開け、新しい発見をした時の研究者たちの高揚感を感じて取ってください。
FoM Editorial
12 July 2023 posted
ホタテガイ
1854年、黒船で日本に来航したペリーが函館からホタテガイを持ち帰り、1856年にPatiopecten yessoensisの学名が与えられました。英名はEzo giant scallopであり、いずれも「蝦夷地」に由来する言葉が含まれています。
現在、ホタテガイの生産は、北海道だけでなく青森県、岩手県、および宮城県でも行われており、我が国における水産重要種の一つとなっています。21世紀に入り、国内消費が伸び悩む一方、中国への輸出が急増しています。
ホタテガイには、性別があり、殻を剥くとその判別が可能です。「ホタテの子」の名称で販売されている部位は生殖巣ですが、白色の場合は雄、橙色の場合は雌となります。ちなみに、ホタテガイは最初は全て雄として発生し、約2年後には雌と雄に別れます。しかしながら、大西洋北西部に生息している近縁種のBay scallopやCalico scallopは、雌雄同体のまま一生を過ごします。良く日本のホタテガイにはオス・メスがあるが、アメリカのものには性別が無いと言われるのは、これが理由です。
井上晶・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
12 July 2023 posted
ホタテガイの貝柱
ホタテガイは2枚の貝殻をもちますが、代表的な可食部の貝柱で開閉が制御されています。貝柱の実態は筋肉であり、その大部分は横紋筋と呼ばれる種類のものです。横紋筋とは、顕微鏡で観察すると横縞模様が見える筋肉の総称であり、ヒトでは心臓の筋肉(心筋)や走ったり、姿勢を保つなどの筋肉(骨格筋)が該当します。貝柱を良く見ると横紋筋と比べて色が薄く、三日月状の小さな筋肉の存在も確認できます。この筋肉は横縞模様が見られないことから平滑筋と呼ばれます。ヒトでは、各種内臓や血管の筋肉が平滑筋から構成されています。このようにホタテガイでは2種類の筋肉から貝柱が構成されており、この筋肉を使って貝殻の開閉を行うことから閉殻筋と呼ばれます。素早く開閉を繰り返しジェット水流を生じることで移動することも可能です。
貝殻の開閉を行うためには、閉殻筋が伸び縮みする必要がありますが、これは筋肉の収縮と弛緩と呼ばれる現象です。貝殻の開閉動作には、特に閉殻筋の大部分を占める横紋筋が関与します。収縮と弛緩は、2つの異なるタンパク質、すなわちミオシン(2つの重鎖と4つの軽鎖から成る)とF-アクチン(単量体のG-アクチンが直鎖状に重合し2重らせんを形成する)の相互作用によって生じる動きであり、生体内で厳密に制御されています。ヒトを含むほとんどの生物の横紋筋には、F-アクチン上にトロポニンとトロポミオシンと呼ばれる調節タンパク質が存在し、これらを介してカルシウムイオン(Ca2+)濃度が上昇すると収縮、低下すると弛緩します。ところが、ホタテガイの横紋筋は独特な調節システムをもつため、魅力的な研究対象として注目されてきた歴史があります。1970年代初めにKendrick-Jonesらの実験(Kendrick-Jones et al. 1970)によって、ホタテガイの横紋筋の収縮制御はミオシン軽鎖にCa2+が結合することで制御されていることが示唆されました。脊椎動物の平滑筋でも、ミオシンに調節系が存在することが知られていますが、これはミオシン軽鎖のリン酸化によって制御されているため、ホタテガイの場合とは異なっています。さらに、1975年頃にLehmanらは多くの生物の筋収縮制御を調べる過程で、ホタテガイを含む軟体動物には、”Dual regulation system”(二重調節系)が存在することを提唱しました(Lehman & Szent-Györgyi 1975)。これは、先に述べたミオシン側の調節系だけでなく、アクチン側にも収縮調節を担う仕組みが存在するという画期的なアイデアでした。その後の研究により、ホタテガイやその近縁種の二枚貝からアクチン側調節に必須のタンパク質であるトロポニンやトロポミオシンが発見、単離され、実際にミオシンの活性を制御することが実証されました(Ojima & Nishita, 1986)。現在ではホタテガイの横紋筋が二重調節系をもつことが広く受け入れられていますが、なぜホタテガイがミオシン側とアクチン側の2つの調節系をもつのかという疑問は解明されていません。ミオシン側の調節系は阻害的に、アクチン側のものは活性化的に機能する可能性の報告にとどまっています。今後、ゲノム編集など最先端技術を駆使することで、この謎に対する明確な答えが得られることが期待されます。
井上晶・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
Kendrick-Jones J. et al. (1970) Regulation in molluscan muscles, J. Mol. Biol. 54:313–326.
Ojima T. and Nishita K. (1986) Troponin from Akazara scallop striated adductor muscles, J. Biol. Chem. 261: 16749–16754.
12 July 2023 posted
貝殻を閉じ続ける
ホタテガイを含む二枚貝類では、2枚の殻を閉じ続けることができます。皆さんも閉じている殻を開けるのに苦労した経験があると思います。ガッチリと閉じられた貝殻は、人の力でこじ開けることはとても困難です。この現象は、多くの研究者の努力により、閉殻筋の小さい方の平滑筋が担っていることが解明されました。実際、貝殻の隙間から細い針などでこの筋肉を傷つけると、いとも簡単に貝殻は開きます。この現象の最も面白い点は、殻を閉じている間、つまり張力を発生している間、ほとんどエネルギーは消費されないことです。人が張力を発生する場合(重い荷物を長時間もつなど)、ATPというエネルギー物質を消費し続け、筋肉は疲労します。一方、二枚貝はATPをほとんど使用せずに張力を発生し続けることができるため、省エネルギーかつ疲れ知らずの筋肉をもっていると言えます。この二枚貝特有の現象は、貝殻が留め金(英語でキャッチという)で固定されていることに例えられてキャッチ運動と呼ばれ、それに関わる筋肉はキャッチ筋とも呼ばれます。
キャッチ運動には、トゥイッチンと呼ばれるタンパク質が関与していることが明らかになり、その仕組みが分子レベルで説明できるようになりました。簡単に説明すると、トゥイッチンがミオシンおよびF-アクチンと複合体を形成するとキャッチ状態となります。この状態は、トゥイッチンがリン酸化されることによって、ミオシンがF-アクチンから離れて弛緩状態となり解除されます。その後、細胞内のCa2+濃度の上昇とトゥイッチンの脱リン酸化によりミオシンとF-アクチンが作用するようになり、筋肉は収縮します。その後、Ca2+濃度が低下すると再びキャッチ状態となると考えられています(Siegman et al. 1998; Funabara et al. 2003)。
井上晶・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
12 July 2023 posted
中腸腺から予想外の酵素を発見
ホタテガイを剥くと貝殻の中央下部に暗褐色の組織が見られます。”ウロ”とも呼ばれるこの部位は、プランクトンの毒やカドミウムなど重金属類が蓄積しているため、食べられることはなく廃棄物として取り扱われます。学術的には中腸腺と命名されており、肝臓や膵臓の機能を併せ持つことから肝膵臓とも呼ばれます。摂餌したものを消化するための消化酵素の分泌や栄養の吸収および貯蔵を担う器官です。
ホタテガイは、海水を吸い込み、ろ過して海水中の栄養分を取り込むため、フィルターフィーダー(ろか食者)と呼ばれています。自ら餌を選択的に取り込むことはできないため、さまざま成分を分解するための酵素をもつと考えられてきました。実際、ホタテガイの中腸腺にはセルラーゼ、グルコシダーゼ、アミラーゼ、およびラミナリナーゼなどの糖質分解酵素だけでなく、タンパク質分解酵素、脂質分解酵素など各種消化酵素の存在が明らかにされています。これらの研究成果により、廃棄物である中腸腺が有用酵素の供給源として利用できる可能性が示唆されています。
最近、ホタテガイの中腸腺から予想されていなかった酵素が発見されました。それは、セロウロン酸(β-1,4-グルクロン酸)と呼ばれる多糖を分解する酵素です。セロウロン酸とは、地球上に最も多く存在する多糖類のセルロースを化学的にTEMPO(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン-1-オキシル)酸化処理を行うことで得られる水溶性多糖類です(Isogai & Kato 1998)。TEMPO酸化セルロースを調製する方法で、セルロースナノファイバーを得ることもできることから、現在注目されている素材の一つです。セロウロン酸は、自然界に存在するセルロースに人工的な処理を施して得られる多糖類のため、半人工合成多糖とも呼ばれています。部分的にアセチル化されているβ-1,4-グルクロン酸や局所的にβ-1,4-グルクロン酸構造をもつ多糖が天然に存在することは知られていますが、セロウロン酸と同一の構造をもつ多糖は未だに自然界で発見されていません。そのため、自然環境に流出した際に生物が分解できるのかについては、生産技術の確立後、早急に取り組むべき課題となりました。
陸上環境では、2004年以降、セロウロン酸分解酵素をもつ数種類の生物が発見され、それらはいずれも細菌や真菌などの微生物であることが報告されました。一方、地球の表面の約70%を占める海洋にセロウロン酸を分解する生物が存在しているのかについては長い間不明なままでした。そのような状況下で、2020年にホタテガイの中腸腺からセロウロン酸を分解する酵素が単離、精製されMyAlyと名付けられました(Inoue et al. 2021; 井上 2020)。MyAlyは、アルギン酸など様々な酸性多糖を分解する活性をもっていましたが、最も良くセロウロン酸を分解できることが分かりました。これは、海洋環境でセロウロン酸を分解できる酵素をもつ生物の初めての発見となりました。このようにセロウロン酸は生分解性多糖であることが明らかになりましたが、陸上環境では分解生物として微生物しか発見されていないのに対して、海洋環境では軟体動物のホタテガイが分解できることは興味深く、セロウロン酸を新しい餌料として活用できる可能性も提案されています(井上 2022)。
井上晶・北海道大学大学院水産科学研究院・教授
参考文献
井上 晶「半合成多糖セロウロン酸の海洋生分解性を初めて証明 ~ホタテガイから分解酵素を発見~」北海道大学プレスリリース、2020年11月13日.
井上 晶(2022) 半合成多糖セロウロン酸の海洋生分解性とその応用展望、容器包装材料の環境対応とリサイクル技術(技術情報協会)、第4章第8節.
12 July 2023 posted
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