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今回紹介するコイとドジョウのコンテンツでは、生物学に造詣が深くなければ見過ごしてしまったかもしれないクローンへの探求にフォーカスをあてます。

外観は相当異なりますが、コイ科とドジョウ科の魚類はコイ目に属します。コイ科のギンブナとドジョウ科のドジョウには、クローン生殖の形跡を示す集団が存在していることがわかっています。何故、どのように、クローン生殖を行っているのか?

ギンブナとドジョウの繁殖期を迎え、その謎に挑んできた北海道大学の研究者たちの、壮大なストーリーを紹介します。

このギンブナとドジョウのクローンの謎を一つずつ解き明かしてきたのは、北海道大学水産学部の発生学遺伝学講座を源流とする関連研究室出身の研究者たちです。特に、今回は、クローン生殖の解明に顕著な足跡を残してきた、荒井克俊名誉教授山羽悦郎名誉教授、そして藤本貴史准教授に、ギンブナとドジョウの遺伝に関する一連の研究成果をまとめていただきました。

函館近郊の大沼で発見されたギンブナのクローンの研究は、魚類の育種や性統御に関連する染色体操作技術や、後に借腹生産プロジェクトと呼ばれる我が国の水産科学分野における拠点大学形成の核の一つとなったスケールの大きな研究に発展しました。ギンブナとドジョウのクローンの存在が、関連する研究グループの絆を紡ぎ続けるとともに、一派の隆盛を極める原動力となっています。

ギンブナとドジョウのクローンに対する探求は、北海道大学の教育研究に関わる基本理念の一つである「フロンティア精神」がよく当てはまり、北海道大学を代表する極めて独創的で、社会へのインパクトが高い質の高い研究成果の公表に結びついています。また、北大の理念を継承する多くの人材を輩出しています。

ギンブナとドジョウにおけるクローン生殖の謎は、完全には解けていないようです。新たな絆がつながることで、ギンブナとドジョウの遺伝学が進展し、驚くような新発見がなされること、今後も楽しみにして、待ち続けたいと思います。

FoM Editorial

30 June 2023 posted

ギンブナとドジョウの遺伝学

ギンブナとドジョウは日本全国の小川に生息し、童謡の「どじょっこふなっこ」にも歌われる身近な誰もが知っているコイ目魚類に属する魚です。しかし、これらの魚には遺伝学の研究に非常に有用な“クローン”個体が含まれています。多くの生物では、遺伝の法則で有名なメンデルが発見した法則に従って両親のゲノムを引き継いだ子孫が誕生します。ギンブナとドジョウでもメンデルの法則に従って子孫を作る個体もいますが、中には母親とまったく同じ遺伝情報をもつクローンの子孫を作ります。このようなクローン個体はどのようにして生じてきたのでしょうか?クローンが生じることに、どのような生物学的な意義があるのでしょうか?我々、研究者はクローン誕生のメカニズムの一端を明らかにしました。ここではギンブナとドジョウから分かってきたクローン誕生の一部を紹介します。

なお、ギンブナおよびドジョウの遺伝について、より詳しく知りたい方は、次の専門書を参考にしてください。

荒井克俊・藤本貴史・山羽悦郎. 2017. 第6章 染色体操作と育種および第10章 交雑と育種. 水産遺伝育種学、中嶋ほか編、東北大学出版会、ISBN978-4-86163-270-9C3062.

Arai K and Fujimoto T. 2019. Sex control in aquaculture vol. 1. Chapter 6、Chromosome manipulation techniques and applications to aquaculture. Wang et al. (eds)、John Wiley and Sons Ltd.

藤本貴史・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

30 June 2023 posted

ギンブナの遺伝-1: 日本のギンブナ集団

日本に生息するギンブナでは、オスに比べてメスの個体の頻度が高いことが知られています。日本女子大学におられた小林弘先生は、群馬県の城沼(じょうぬま)のフナを材料としてその謎を究明しました。その結果、ギンブナには父親と母親から50ずつの染色体を受け継ぐ染色体数100本の二倍体以外に、約150本の三倍体、約200本の4倍体が存在しており、三倍体、四倍体のほとんどがメス個体であることが明らかになりました。また、三倍体から得られた卵に様々な魚種の精子を受精しても、発生してくる個体はギンブナであり、オスの遺伝的な関与はないことも明らかとなりました。すなわち母親だけの遺伝子を持つことになり、子供は全てメスとなります。この現象は、雌性発生として知られています。Photo 1は、城沼で採集された四倍体のオスのギンブナです。

Photo 1. 城沼で採集された四倍体のオスのギンブナ.

通常の二倍体と比べて細胞の中にある染色体数が多い個体は倍数体と呼ばれます。倍数体は、染色体の増加に伴って細胞のサイズが大きくなります。そこで、個体毎に採血し、赤血球のサイズを比較するとおおよその倍数性がわかります(Photo 2 左)。または現代の進歩した測定機器(フローサイトメトリー)によるDNA量の計測で、個々体の倍数性を正確に調べることができます(Photo 2 右)。もちろん、染色体標本を作成して数を確かめれば良いのですが、手間がかかります。

山羽悦郎・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ギンブナの遺伝-2: 自然界のクローン

さて、ギンブナの三倍体の子供は父親の遺伝的な関与なしに個体となります。すなわち、母親からのみ遺伝子を受け継ぎます。この時、母親の遺伝子を全て受け継ぐならば、母親とその子供、姉妹同士は遺伝的に均一な個体(クローン)となります。クローン個体ならば、個体間で組織を移植しても受容されるはずです。このことは、元北海道大学水産学部の小野里坦先生(後、水産庁養殖研究所、信州大学)による鱗移植で明らかにされました。移植は、他の個体(ドナー)から採取された鱗を宿主となる個体の鱗の下に押し込み、その場所の宿主の鱗を取り除くことによって行います(動画1)。もしクローンであるならば、そのまま生着するはずです。Photo 3上では、周りの鱗より黒い色素胞をたくさん持つ鱗が生着しているのがわかります。一方、遺伝的に異なるキンギョから移植された鱗(Photo 3下)は、拒絶され溶けてしまっているのがわかります。この結果から、3倍体のメスは、遺伝的に均質な卵を作り、これから生じた個体は全て遺伝的なクローンになることが明らかとされました。

動画1. 鱗移植の動画.

鱗移植によりクローンを判別する研究はとても手間がかかります。しかし、小野里先生は北海道各地からギンブナを採集し、それらの個体間で鱗移植を行い、クローンの個体がどれくらいの頻度で生息しているかを明らかにしました。例えば、函館近郊の七飯町大沼では、生息する3倍体の約8割がたった5つのクローンの集団からなることを明らかにしました。また、北海道の西側、日本海に浮かぶ奥尻島のフナの集団は、たった一つのクローンから構成されていました。みんなクローン姉妹でした。現在、DNAの解析でクローンを識別できるようになっています。

山羽悦郎・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ギンブナの遺伝-3: 人為的なクローン誘導の試み1 - 半数体

小野里先生は、天然フナのメスのみのクローンを作る特性を、人為的に引き起こせないかと考えました。それには、まず父親の遺伝的関与をなくすことが必要でした。そこで、父親の精子に紫外線を照射し、その後卵に受精する方法を考案しました。紫外線を照射した精子は、運動性は持つもののDNAが不活性化されているため、受精後の発生に遺伝的に関与しない、卵にある半分の遺伝子のみで個体が発生します。実際にその精子で受精すると、眼が小さく身体が湾曲した奇形、半数体症候群を示しました(Photo 4下)。

Photo 4.正常な精子(上)と紫外線を照射した精子(下)で受精し生まれた仔魚.

この半数体は、対照となる二倍体(Photo 5左)に近いもの(Photo 5中)から正常とは異なるもの(Photo 5右)まで様々な形態を示します。動物の場合、ほとんどの半数体は致死であることが知られている。Photo 6には、イワナ(1-3)、サクラマス(4-6)、ニジマス(7-9)の例を示しています。通常、左に示す正常な個体となりますが、紫外線を照射した精子で受精すると中の列のような奇形を呈します。これらの奇形胚の染色体を調べると右の列のように本来の半分の染色体しか持っていません。

Photo 5. 半数体症候群の仔魚切片像.

山羽悦郎・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ギンブナの遺伝-4: 人為的なクローン誘導の試み2 - 有糸分裂紡錘体を壊す

さて、母親の遺伝子のみで発生する個体が得られたものの、致死であっては使えません。そこで小野里先生は、半分しかないメスの染色体を倍にする方法を考案しました。

魚の場合、受精の直前には二倍体と同じ染色体数を持ちます。受精すると、その半分が卵の外に押し出されてしまいます。その半分の染色体を押し出す機構を壊してしまうと、卵の中に二倍体の染色体数が残ると考えたのです。Photo 7では、左側が受精直前の卵での染色体の状態を示しています。中央部の黒い点が染色体です。受精すると、染色体の両側にある糸(紡錘糸)が半分の染色体を卵の外(上側)に引き出してしまいます。この卵を、高圧や高水温、低水温に晒すと糸が分解し、染色体が外に出されなくなります。右側が、高圧(750気圧7分間)に晒した卵の染色体を示しています。

実際に、紫外線を照射した精子で受精した卵を高圧や高水温、低水温に晒すと、正常な二倍体の個体が生まれてきました。また、これらの個体はメスの遺伝子しか持たないため、性決定機構がXX-XY型の魚では、全てメスの個体が生まれています。

山羽悦郎・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ギンブナの遺伝-5: フナ→キンギョのキメラとその子孫

紫外線をかけた精子で受精させても正常な個体が発生するという性質を利用して、発生学の面白い研究が行われています。

フナと同種のキンギョでは、発生初期の胚の細胞を、個体間で移植することができます。Photo 8では、赤く染めた胞胚と無染色の胞胚の上半分を切り取り、相互に交換移植した実験を示しています。移植後しばらくすると、交換された胚の断片は、何事もなかったようにくっついてそのまま発生します。

Photo 8. フナとキンギョの胚操作.

この胚盤の移植を、二倍体のキンギョと三倍体のフナの間で行うと、キンギョとフナの細胞を持った個体、「フナ→キンギョキメラ」が作れます(Photo 9)。このキメラ個体から卵を採ると、大きな卵と小さな卵が得られます(Photo 10AとB)。この時、紫外線を照射した精子で受精すると小さな卵は半数体症候群を示す奇形となります(Photo 10C)が、大きな卵は正常に発生します(Photo 10C)。大きな卵と小さな卵のDNA量をフローサイトメトリーで測定すると、前者は三倍体、後者は二倍体であることがわかりました。この実験は、遺伝的に異なる2種類の卵を1個体から得られることを示しています。このような実験から開発されたのが、魚での「借腹生産技術」です。

Photo 10. キメラ個体由来の卵.

山羽悦郎・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ドジョウの遺伝-1: 系統と分類

ドジョウMisgurnus anguillicaudatusはコイ目ドジョウ科の純淡水魚で、日本各地の水田、池沼、河川に普通に見られます(巻頭言「絆」の背景写真参照)。ドジョウは古くは農山村における貴重なタンパク源として利用されてきましたが、「柳川鍋」、「かば焼き」などの嗜好性の高い食材としても珍重され、近年、国産品の価格は高騰しています。日本のドジョウは一つの種と見做されてきましたが、その分類は混乱し、命名や系統上の位置に異論も多くあります。それは、ドジョウの中には遺伝的に大きく異なる複数の隠蔽種、未記載種が含まれている可能性が高いことと、外来魚が既に侵入している現状にあります。加えて、倍数性(染色体セット数)変異のみならず、過去の交雑に起因するクローン生殖などの特異な生殖現象を示します。ドジョウはギンブナと同じく馴染み深い魚ですが、どちらも特異な変異と生殖様式をもつ点で共通点をもちます。

全国44地点900尾以上の標本について、多型をもつ12酵素遺伝子座のアレル頻度を調べた研究では、北海道東部網走地方のドジョウは他の地域と大きく異なることが分かりました。そして、その他の標本は北海道中央部、南部、東北、近畿、中国、四国に分布するグループと関東甲信越に分布するグループに分けられました。同様の結果はミトコンドリアDNA塩基配列解析からも得られ、日本のドジョウは北海道東部(グループA)とその他(グループB)に大別されました。そして、グル-プBはさらに、道央、道南、東北、本州西部、四国に広く分布するB1と、関東甲信越、九州に分布するB2に分けられました。この結果は核遺伝子RAG1等の解析結果ともよく一致します。すなわち、日本のドジョウにはは種レベルの遺伝的違いをもつ、3つのグループがあります。

最近、ロシアの研究者により、サハリン南部から得た標本が、シベリア、沿海州に生息するM. nikolskyiに近縁な、新種M. chipisaniensisとして記載され、この種はグループAのミトコンドリアDNAといくつかの核遺伝子と共通の塩基配列を持つことが報告されました。グループAのドジョウがM. chipisaniensisと分類学的に同じであるかどうかは今後の検討が必要ですが、一部の淡水魚図鑑では既にグループAのドジョウを「キタドジョウ」と呼称しています。

Misgurnusドジョウの分類、命名さらに系統研究の結果は、現時点でも大きく混乱しており、結論は得られていませんが、B1は日本在来のドジョウで、B2は大陸(ドジョウ原記載は中国の舟山群島)に由来する可能性があります。次で紹介する日本の市販品に出現する自然四倍体ドジョウはB2に属し、中国には二倍体に加え、三倍体、四倍体の自然倍数体が出現します。このほか、M. anguillicaudatusの近縁種としてM. mohoityM. bipartitusがありますが、後者は前者のシノニムと考えられており、そのドジョウ各グル-プとの系統上の関係はよくわかりません。

形態と核型(染色体数と形)で、大陸および朝鮮半島に生息するカラドジョウ(背景写真参照)は染色体数48本をもち(2n = 48)(Photo 11)、二倍体で50本を示すドジョウ(2n = 50)とは区別できます(Photo 12)。しかし、カラドジョウにはM. mizolepisM. dabryanusの学名が当てられ、前者は後者のシノニムとする意見があります。しかし、日本に侵入したカラドジョウには遺伝的に大きく異なる二型があることが報告されています。従って、どの標本にどの種名を与えてよいのか確定することは難しく、混乱はさらに深まっています。なお、欧州にはM. fossilis が生息しますが、これは他のMisgurnus種と形態と染色体数(2n = 100)で区別できます。

Photo 11. カラドジョウ染色体分裂像.
Photo 12. ドジョウ group Bの染色体像 (courtesy of Dr. M. Kuroda).

Misgurnus属は種間の形態的分化は大きくなく、特に仔稚魚ならびに小型の時期に見分けるのは困難です。もし、外来種と在来ドジョウの間で交雑が起こり、生存性子孫が生じると、種判別、雑種判別はさらに困難となります。現在、各グループのドジョウや、外来ドジョウを確実に識別するための各種DNAマーカーの開発が進められています。

荒井克俊・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ドジョウの遺伝-2: 倍数性変異

日本産ドジョウの染色体数と核型は1960年代より2n=50と報告されてきましたが、1979年に小島吉雄先生(関西学院大学)は、野生および市販の標本の中に、2n = 50を示す二倍体の外に、染色体数75本と100本を示す倍数体を報告しました。後述のように、染色体数75を示す三倍体ドジョウ(3n = 75)(Photo 13、courtesy of Dr. M. Kuroda)は、染色体操作で人為的に作出できますし、国内でも比較的高い頻度で出現する地点が知られています。一方、染色体数100を示すドジョウは四倍体と思われますが、小島先生は染色体の形態から2つの相同染色体がペアとなる遺伝的な二倍体(2n = 100)であると結論されました。

しかし、染色体数100を示すドジョウが相同染色体を2セットもつ遺伝的な二倍体であるのか、4セットもつ四倍体であるのかを結論するのは容易ではありません。コイの仲間(コイ目)の魚種の多くは2n = 50 を示しますが、コイCyprinus carpioもキンギョCarassius auratusも染色体数は倍の100 です。前章「ギンブナの遺伝-3」で示されるように、二倍体(2n)生物の産む卵(減数分裂完了すると1n)を紫外線(UV)で遺伝的に不活性化した精子で授精すると、雌性発生が人為的に誘起されます。そして、この操作により生じる子孫は1セットの母系染色体のみを持つ半数体となりますから、これらの子孫はすべて発生異常(半数体症候群)を示し、致死となります。実際にコイ、キンギョで人為雌性発生を起こすと、子孫はすべて発生異常を示すことから、卵には1セットの相同染色体しかないことが分かります。従って、コイ、キンギョの染色体数はほかのコイ科魚種の倍の100本ですが、相同染色体を2セットもつ二倍体2n = 100と結論されます。

それでは、染色体数100を持つドジョウは二倍体(2n = 100) でしょうか、あるいは四倍体(4n = 100)でしょうか。実際に染色体数100のドジョウ(市販品)を成熟させ、卵を取って人為雌性発生を行うと、正常に発生するドジョウ仔魚が得られました。さらに、UVで不活性化した卵に正常な精子を授精して、人為雄性発生(精子核のみによる発生)を誘起した場合も、正常に発生するドジョウ仔魚が得られました。これらの結果は、染色体数100を示すドジョウは相同染色体を4セットもつ四倍体(4n = 100)であり、雌性・雄性発生を誘起した場合でも胚は2セットの染色体をもつことから、生存性であったと解釈できます。

市販品標本(市場で購入)には、四倍体ドジョウと一緒に、しばしば染色体数75の三倍体が出現します。魚類では、染色体操作(正常精子による受精卵の第二極体放出阻止)により人為的に三倍体を作成することができ、このような人為三倍体は不妊性(雌:卵巣発達不全、雄:異数性精子形成)を示します。しかし、自然三倍体ドジョウは四倍体と二倍体の交配により生じている可能性があります。実際に、本邦産二倍体と見つけ出した四倍体の間で、人為交配により三倍体を作成すると、雄は不妊(精巣発達不全、異数性精子形成)でしたが、雌は、遺伝的に均一な3n卵を作る場合と、減数分裂により変異をもつ1n卵を作る場合が見られました。これらの3n卵と1n卵の形成は、頻度が違う場合はありますが、同じ個体で生じ、3n卵は大型で、遺伝的に母親三倍体と同一あるいは極めて類似しました。遺伝的な類似性はギンブナでも用いられたミニサテライトというDNAを用いた、DNAフィンガープリント法(指紋のように個体識別性が高いDNA技術)で確かめられます(Photo 14)。

Photo 14. DNA fingerprinting像.

日本の野生集団に倍数体ドジョウはいるのでしょうか? フローサイトメトリーにより、日本全国の野生集団について、倍数体ドジョウの存否の調査が行われましたが、現在に至るまで四倍体ドジョウは見つかりませんでした。しかし、三倍体ドジョウは一部の地域特異的に比較的高い頻度で見られました。一方、市場より得た標本中には上述の三倍体、四倍体のみならず、五倍体、六倍体等に相当する高いDNA量をもつ高次倍数体や、高三倍体、高四倍体などの異数体、さらに、異なる倍数性細胞からなるモザイクがしばしば見られました。以上の結果に加えて、さらに自然四倍体ドジョウは中国大陸の長江流域に広い範囲に分布し、雌と雄による普通の両性生殖をしているという報告から、これら倍数体ドジョウは外来魚と考えられました。既に述べた外来種カラドジョウのみならず、ドジョウにおいても大陸からの外来魚が、国内で広く見られることは、国内水系における在来種保護、生態系保全の点からも大きな問題となります。

荒井克俊・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ドジョウの遺伝-3: クローンドジョウ

北海道東部網走地方では、比較的高い頻度で三倍体(3n = 75)が見られます。その原因を探るため、当地より成熟したドジョウ(2n = 50)を採取し、それらから卵を得ました。そして、雌個体ごとに卵に(1)ドジョウ精子、(2)キンギョ精子、(3)UV精子を授精しました。雌6個体中4個体では、(1)の実験からは当然ドジョウ仔魚が生じましたが、(2)の実験からは致死性雑種胚のみが、そして、(3)の実験では半数体症候群を示す致死胚のみが生じ、生存性子孫は全く得られませんでした。ところが、残りの2個体の雌では、(1)の実験のみならず、(2)と(3)の実験からも、正常なドジョウ仔魚が生まれました。これらのドジョウ仔魚は母親とその同胞の間で、同一のDNAフィンガープリント像を示し、遺伝的に均一でした。すなわち、網走地方の二倍体ドジョウの一部は、母親と遺伝的に全く同じ卵を産し、これらの卵が精子の遺伝的関与なく雌性発生を起こし、生じた子孫は遺伝的に同一のクローン家系を形成することが分かりました。

この様なクローンドジョウは母親と遺伝的に同一の2n卵を形成します。そして、これらのクローン2n卵は、同じ場所に生息する普通に生殖する野生型二倍体の精子を借りて、自然の雌性発生によるクローン生殖を起こすことにより、クローン家系を維持しています。また、クローン2n卵が1n精子核を偶然に取り込むと、クローン由来の三倍体が生じることも分かりました。網走地方で三倍体頻度が高いのは、クローン家系があり、偶々(たまたま)1n精子を取り込んだクローン2n卵から、三倍体が生じるためと考えられます。後に、クローンドジョウは北海道東部網走地方のみならず、後に石川県の能登島においても見出されました。

荒井克俊・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ドジョウの遺伝-4: クローンの起源とその生殖の仕組み

クローンを調べると、ミトコンドリアはグル-プAに由来し、核ではグル-プAとグループB1の遺伝子がヘテロ接合となっていました。このことはグループA祖先の雌とB1の祖先雄との間の交雑にクローンが起源することを示唆します。最近、グループAドジョウの染色体のみ、グル-プBの染色体のみを、ManDraAおよびManDraBという反復配列をプローブとして染め分ける方法(FISH法)が開発確立されました(Photo 15、courtesy of Dr. M. Kuroda)。これによると、クローン(2n = 50)は、グル-プA由来染色体25本とグループB由来染色体25本を持つことが分かりました。また、クローンの持つA由来染色体は、現在のグループAドジョウの染色体とは多少異なることも分かりました。このことは、クローンは現在ではなく、過去の交雑に由来することを示しています。実際、現生のクローンは二倍体が遺伝的に均一な2nの卵を産み、これらの卵が同所的に生息する有性生殖を行うグループA二倍体雄の精子を借りて、雌性発生することにより繁殖しています。しかし、グループAとBのドジョウを人為交配して作成した雑種雌は、2n卵だけではなく、様々な異常卵を産みました。そして、これらの2n卵が自発的に雌性発生を起こすことは全くなく、2n卵は精子を取り込んで三倍体となりました。クローン二倍体には雄は出現しませんが、雑種雄は不妊となりました。

普通に雌と雄により繁殖する動物(ドジョウ二倍体、ギンブナ二倍体など)は、減数分裂により体細胞の染色体数を半減させた配偶子(卵と精子)を作ります。お母さん由来の相同染色体とお父さん由来の相同染色体が複製して、ペアを作り(対合という)、引き続く二回の分裂により卵と精子を作ります(背景Figure上)。これに対して、母親と同じ染色体数と遺伝子を持つ卵はこのようなプロセスとは異なる仕組みで作られます。クローンドジョウのゲノムは、グループAとBに由来する起源の異なる(非相同)染色体により構成されています。通常、このような非相同染色体は減数分裂時にパートナーを見つけることができず、対合ができません。この様な場合、うまく配偶子が形成できず、不妊となりますが、クローンドジョウでは減数分裂前にすべての染色体が倍加することで、生じた姉妹染色体があたかも相同染色体のような挙動を示すことで、複製、対合、交差が起こります。そして、連続する二回の分裂が進行し、母親の遺伝型と同一の非還元2n 卵が形成されることになります(背景Figure 下)。この様なプロセスによるクローン非還元2n卵の形成を減数分裂前核内分裂Premeiotic endomitosisといいます。クローンを人為的に性転換させ雄化させると、遺伝的に同一のクローン2n精子を同様の仕組みで形成します。ドジョウにおけるこの様な機構は、減数分裂におけるグループAとグループBに由来する染色体をFISH法で標識し、追跡することで明らかになりました。前節の二倍体と四倍体の交配に由来する三倍体の非還元3n卵形成も同様のメカニズムが働き、遺伝的に均一なクローン卵が形成されると考えられます。

荒井克俊・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

ドジョウの遺伝-5: クローン由来三倍体の出現とその生殖

クローンドジョウの産む2n卵は自発的な雌性発生能力があり、母系遺伝型のみを持つクローン子孫を維持します。しかし、2n卵が偶然に1n精子を取り込むと三倍体が生じます。すなわち、クローンが2n卵を産むことで、三倍体が生じ、そのことが、北海道東部網走地方を三倍体出現率が高い地点として注目させ、クローンドジョウ発見のきっかけとなりました。

クローン由来三倍体は、上述の二倍体と四倍体の交雑に由来する三倍体雌が産する小型の1n卵形成と同様の特異な生殖を行っています。クローンドジョウはグル-プAとグループBの交雑起源(A x B)であることが分かっており、道東に生息する有性生殖するドジョウはAグループです。そこで、クローン2n卵がグループAドジョウの1n精子を取りこめば、三倍体はABAの染色体構成となります。この中でグループB 由来の染色体は、グループAの染色体と相同性が低いため、減数分裂に参加することができず、排除されます。その結果、残った2n分の二つのグループA由来の染色体が通常の減数分裂を行い、遺伝的変異のある1n卵を形成することになります。このプロセスは減数分裂雑種発生Meiotic Hybridogenesisと呼ばれ、二倍体と四倍体との交配由来三倍体の1n卵形成と同様の機構と考えられます。

荒井克俊・北海道大学名誉教授

30 June 2023 posted

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