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■昆布のうま味の正体

昆布を噛んだり、昆布だしをふくんでみると、まろやかなうま味が口中に広がっていくのがわかります。昆布のふくよかで上品なそのうま味の主成分は、グルタミン酸と呼ばれるものです(1908年、東京帝国大学・池田菊苗博士が発見)。グルタミン酸は、うま味成分の中でも特に重要なアミノ酸の一種で、料理のおいしさに大きな働きを果たしています。

■日本料理の基本「昆布だし」

日本料理の味付けをするにあたって、醤油とともに、昔から「昆布」や「かつお節」のだしが広く使われています。特に、昆布のだしは、料亭などの料理のプロに多く使われるだし素材で、食材の良さを引き立てる上品で繊細なお料理に欠かせないものとなっているようです。そのわけは、昆布だしが、豊かなうま味をもちながら、他の食材のおいしさを引き出す、特長にあるようです。

食べ物のうま味は、食べ物のうま味は、昆布で代表されるうま味「グルタミン酸」、かつお節や肉のうま味「イノシン酸」、しいたけのうま味「グアニル酸」・・・などに分けられます。昆布だしと魚・肉などが相性がいいのは、植物性のうま味と動物性のうま味がうまく調和して、お互いの異質なうま味を引き立て合うということの他に、「味の相乗効果」の点にあるといえます。

■味の相乗効果とは

グルタミン酸を単独で使うよりも、肉や椎茸のうま味と合わせて使う方が、うま味が驚異的に強くなるという働きがあるというものです。

ちなみに、この有名な「味の相乗効果」は、ヤマサ醤油研究員の国中 明 博士が発見したものです。料理の世界では、経験的に、昆布、かつお節、しいたけのうま味を合わせて使っていましたが、その有効性は、科学的にも証明されています。

17 September 2021 posted

マコンブとガゴメは同じ属!?

「マコンブの学名はLaminaria japonicaで、ガゴメのそれはKjellmaniella crassifoliaである」。海洋植物学に触れて、真っ先に学名を覚えた褐藻たちです。マコンブは厚くて表面はなめらか、一方、ガゴメは薄くて凸凹、姿かたちが大きく異なるため、海藻分類の専門家以外は、これらが異なる属に分けられてきたことに何ら疑念をもたなかったのではないでしょうか。2006年に、カナダの研究者たちにより、分子系統学的方法論、いわゆる遺伝子配列解析、を使って、マコンブとガゴメが同じ属であること、しかもLaminariaでもKjellmaniellaでもなく、新たな属、Saccharina、に分類すべきとの提案がなされました(Lane et al. 2006)。マコンブはSaccharina japonicaとなり、ガゴメはSaccharina sculperaとすることが提案されています(Lane et al. 2006)。また、ガゴメコンブという和名も提案されています(四ツ倉 2007)。

そこで使われた分子系統学的方法論の骨格は、アメリカの進化生物学者であるCarl Woeseにより、1990年代に報告されたものです(Woese 1987)。Woeseは、微生物、特に細菌(バクテリア)の進化の道筋を説明するために、分子系統学的方法論を取り入れ、細胞生物は、真正細菌(Bacteria)、アーキア(Archaea)および真核生物(Eukarya)の三つのドメインに分けるべきであることを提案しました。現在は多くの科学者がこの分子系統学的な方法論を容認しており、日本では高校の生物の教科書でも説明されるに至っています。この方法論は、客観的な分類基準を与える潜在性を秘めており、海洋生物を含むほぼ全ての細胞生物に適用できることから、日進月歩でこれを活用した新たな分類群の発見・修正がなされています。分子系統解析を用いると、マコンブは、今のところ、真核生物ドメインの中のDiaphoretickes(「多様」を意味する上位分類群)/SAR(ストラメノパイル・アルベオラータ・リザリア)グループ/ストラメノパイラに属し、さらに、不等毛植物門(Heterokontophyta)/褐藻綱(Phaeophyceae)/コンブ目(Laminariales)/コンブ科(Laminariacea)/コンブ属(Saccharina)と分類されていきます(http://shigen.nig.ac.jp/algae_tree/Eukarya.html)。

ところが、コンブとガゴメの分類の話には、続きがありました。国際共同研究チームにより、Lane et al. (2006)よりも多くの核・ミトコンドリア・プラスチッドの遺伝子を用いた再解析が行われた結果、ガゴメはSaccharina属に含めることができず、単独の属とする、すなわちKjellmaniella属(Kjellmaniella crassifolia)に戻すことがふさわしいという再提案がなされました(Starko et al. 2019)。分子系統解析の弱点なのですが、解析に用いる遺伝子がhomoplasy(非相同)を含んでいたり、解析に用いるデータセットが異なると、系統樹の樹形が変化し、系統を見誤ることがあり、この点を注意深く考察する必要があります。コンブの系統分類の解決に挑戦する人材が今後もたくさん現れ、より確からしいコンブやそれ以外の海藻の分類が整理されることを願っています。このようにガゴメの分類学的位置は引き続き議論が必要と考えられることから、このコンブのウェブサイトでは、Kjellmaniella crassifoliaおよびSaccharina sculperaの両学名およびガゴメ/ガゴメコンブの両和名の使用を容認しています。

FoM Editorial

参考文献

四ツ倉典滋(2007)日本産寒海性コンブ科植物の学名について. 藻類 55: 167-172.

Lane et al. (2006) A multi-gene molecular investigation of the kelp (Laminariales, Phaeophyceae) supports substantial taxonomic re-organization. J. Phycol. 42, 493-512.

Lane et al. (2006) Corrigendum [J. Phycol. 42, 493-512. (2006)]. J. Phycology 42:962.

Woese C. (1987) Bacterial evolution. Microbiol. Rev. 51, 221–271.

Starko et al. (2019). A comprehensive kelp phylogeny sheds light on the evolution of an ecosystem. Mol. Phylogen. Evol. 136, 138-150.

17 September 2021 posted

昆布の利用

昆布は北海道を代表する水産物の一つで、生産量は全国の約9割になります。北海道で生産されているのにもかかわらず、主要な消費地は西日本や東北であり、北海道での消費は全国平均以下というのが特徴の食材です。北海道が江戸時代まで米作がほとんど行われず、米に代わる年貢が必要だったことと、保存性の高い昆布乾燥品を生産できることで、松前藩にとっては東北や西日本の消費地に向けての「戦略的輸出品」となったことが挙げられます。加えて、昆布は西日本では「食べる食材」となったのに対して、北海道では「出汁(ダシ)をとる食材」となったことも関連があるかもしれません。

昆布で特筆する成分は出汁をとったときのアミノ酸系うまみ成分であるグルタミン酸とアスパラギン酸です。これらのうまみ成分は、魚や肉など動物由来の核酸系うまみ成分のイノシン酸とは異なる味わいがあります。他に昆布にはミネラルや食物繊維が豊富です。食物繊維は粘りの成分であるフコイダンやアルギン酸の効果によります。栄養面以外でも、これまでに、フコイダンは抗腫瘍性、抗酸化性、抗凝集・血栓活性、免疫制御、抗ウィルス、抗炎症活性が報告されてきました。さらに、メタボリックシンドローム改善、消化管保護、血管新生や骨の健康への良い効果が明らかにされつつあります(Wang et al. 2019)。加えて、最近はフコイダンやアルギン酸を化学的に修飾して、新たな付加価値をつけて利用しようとする研究も始められています(Fernando et al. 2019)。

北海道沿岸の昆布の産地と特徴(一般社団法人北海道水産物検査協会, 2021参照)

①コンブ学名(和名);②名称;③産地;④特徴;⑤主な用途、の順にまとめます。

①マコンブ ;②真昆布、元昆布、白口浜、黒口浜、本場折浜;③函館中心に松前~室蘭;④上品な出汁がでる、上品な味;⑤ 出汁用、塩昆布、バッテラなど高級な加工品

①ガゴメコンブ;②がごめ昆布、がもめ;③函館中心に松前~室蘭;④粘りが強く、フコイダンなどが;⑤とろろ昆布、おぼろ昆布、松前漬けなど。

①ミツイシコンブ;②日高昆布、三石昆布;③日高沿岸;④細く火が通りやすく、煮あがりが速い; ⑤出汁や昆布巻き、佃煮、おでん用など

①ナガコンブ;②長昆布、竿前昆布;③釧路以東沿岸;④10 m以上の長さになる; ⑤昆布巻き、佃煮、海藻サラダなど食用

①ガッガラコンブ;②厚葉昆布、がっがら昆布;③釧路以東沿岸;④葉が厚く、中帯部が広い;⑤昆布巻き、塩昆布、酢昆布など

①ネコアシコンブ;②猫足昆布;③釧路以東沿岸;④茎と根が猫の足に見える。マンニトールが多く、とろろ成分が豊富である;⑤とろろ昆布、おぼろ昆布に加工される。

①オニコンブ;②羅臼昆布、利尻系柄長鬼昆布;③羅臼沿岸を中心に知床半島;④幅広で柔らかい。良い香りの出汁がとれる; ⑤高級出汁、佃煮、昆布茶

①リシリコンブ;②利尻昆布;③利尻、礼文、稚内を中心にした日本海北部からオホーツク海沿岸;④やや硬めだが、清澄な良い味の出汁がとれる;⑤ 出汁用、とろろ昆布、おぼろ昆布、昆布菓子など。

①チヂミコンブ;②ちぢみ昆布、とろろ昆布; ③宗谷沿岸;④縁が断続的に縮れて、鋸の歯のようになる; ⑤加工原料

①ホソメコンブ;②細目昆布;③日本海沿岸;④幅が細いが肉厚で硬い。粘りが強い;⑤とろろ昆布、おぼろ昆布、松前漬など

栗原秀幸・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

Wang Y., Cao Q., Ji A.G., Liang H., and Song S.L. (2019) Biological activities of fucoidan and the factors mediating its therapeutic effects: a review of recent studies. Marine Drugs 17, 183.

Fernando I.P.S., Kim D., Nah J.W., and Jeon Y.J. (2019) Advances in functionalizing fucoidans and alginates (bio)polymers by structural modifications: A review. Chemical Engineering Journal. 355, 33-48.

一般社団法人北海道水産物検査協会, 2021 (http://www.h-skk.or.jp/)

17 September 2021 posted

二つの世代

コンブ類は、糸状の微視的世代(配偶体)(Figure for Two Generations)と私たちが利用する葉状の巨視的世代(胞子体)を繰り返すことで命を繋いでいきます。配偶体から胞子体への世代交代は、雄性配偶体で作られた精子と雌性配偶体が生み出す卵との受精で行われます。受精卵は、体細胞分裂を繰り返し、私たちが目にする大きなコンブ(胞子体)に成長していきます。一方、胞子体から配偶体への世代交代は、胞子体が成熟し、減数分裂(染色体数が半減する細胞核の分裂)を経て作られた生殖細胞である遊走子が、着底後発芽し配偶体となることで完了します(Kanda 1936)。配偶体は胞子体に比べ高い水温を適温として成長しますが、胞子体は低水温を適温とし、親潮などの寒流によってもたらされる高栄養環境のもとで成長します。興味深いのは、世代交代する時(両世代の成熟時)の最適水温が次世代の最適水温に近くなっていることです。私たちが目にするコンブが寒い冬に大きく伸び、夏になると先端から枯れいく(末枯れあるいは先枯れとも言う)といった季節変化に良く対応しているように見えます。胞子体は、葉状部と茎状部の間にある細胞が分裂し、古い部位(細胞群)を押し上げるようにして成長していきます。押し上げられた古い部位は、新しくできた部位に栄養分を供給する役割を果たします。夏の高水温・低栄養塩の環境では、古い部位は自らの身を削りの栄養分を新しい部位に供給し、枯れていきます(Mizuta et al. 1994)。末枯れ期の枯死流失を免れ、葉状部基部にある分裂組織が残った胞子体は、2年目の個体として再び伸長し始めます。また、複数年生存する胞子体は、毎年成熟し、配偶体世代へ導く遊走子を放出します。遊走子とそれから発生する雌雄の配偶体は、コンブ養殖における採苗と陸上育成の対象となるだけでなく、種苗保存や交配育種の対象となる生活ステージとなります。

水田浩之・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

Figure for Two Generations: シャーレ中のマコンブ保存配偶体とその細胞塊(上段)と雌雄配偶体の拡大像(下段)

参考文献

Kanda T. (1936) On the gametophytes of some Japanese species of Laminariales. Sci. Pap. Inst. Alg. Res., Hokkaido Univ. 1, 221-260.

Mizuta H, Maita Y and Yanada M (1994) Nitrogen recycling mechanism within the thallus of Laminaria japonica (Phaeophyceae) under the nitrogen limitation. Fisheries Sci., 60, 763-768.

17 September 2021 posted

微視的世代への世代交代

私たちが利用するコンブの巨視的世代(胞子体)の成熟は、次世代の天然の資源量を左右する現象として重要であるだけでなく、成熟体は養殖の際の種苗生産用母藻としても利用されます。成熟した胞子体は、体の表面が隆起した子嚢斑と呼ばれる生殖器官を作ります(Figure for Generational Change to the Microscopic Generation)。ちなみにコンブの仲間のワカメは、胞子葉(メカブ)と言われる成熟に特化した葉を茎の部分に作り、その胞子葉上に子嚢斑を作ります。この子嚢斑は、表面の細胞が分裂・伸長し、生殖細胞である遊走子を作る遊走子嚢とそれを保護する側糸と呼ばれる細胞と、側糸上部に粘液質に富んだ粘液帽と呼ばれる部分で構成されます。マコンブの場合、1つの遊走子嚢の中に32個の遊走子が作られ、やがてこれらが雌雄配偶体に分化します(Abe 1939)。形成される遊走子は、洋梨形(長径約11 µm ×短径約6 µm)で細胞壁を持たず、2本の鞭毛を持ち、遊泳後着底し、新しい世代(配偶体)へと移行します。遊走子は、主に暗い時間帯に放出され、凡そ160 μm/sの速度で泳ぎ始めます。時間の経過と共に遊泳速度も低下し、やがて停止します。長く遊泳する個体でも1日程度です。最大速度で泳ぐとおよそ1時間で57㎝程度動くことになります。放出したタイミングや場所によっては、海水の流動などの影響を強く受けることになり生育域の拡大の可能性もあります。また、この遊走子には走化性と呼ばれる化学物質に反応して動く性質があり、基質上の狭い範囲ではあるものの将来栄養分が十分供給される場所を探して泳ぎ回ります(Fukuhara et al. 2002)。

水田浩之・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

Figure for Generational Change to the Microscopic Generation: ワカメ胞子葉(上段左)と子嚢斑が形成されたマコンブ胞子体(上段右).下段には、遊走子放出の様子(左)と2本の鞭毛をもった遊走子拡大像(右)

参考文献

Abe, K. (1939): Mitosen im sporangium von Laminaria japonica Aresch. Sci. Rep. Tohoku. Imp. Univ. Biol., 8, 259-265.

Fukuhara Y., Mizuta H. and Yasui H. (2002) Swimming activities of zoospores in Laminaria japonica (Phaeophyceae). Fisheries Science, 68, 1173-1181.

17 September 2021 posted

傷害に打ち勝って

コンブは、固着性で自ら動くことができません。そのため、様々な能力を持って、ストレスに打ち勝とうとしています。ウニのような植食性動物にかじられたり、波に削られたりした際に傷害を受けた部位の細胞群は、過剰の活性酸素を発生して壊死しますが、同時に内側の細胞群を守るシールドとして機能します。この現象は過敏感細胞死と呼ばれる現象で、病原菌の進入時にも見られ、感染や傷害の拡大を防ぐ役割を担います。壊死した細胞付近では、それ以上の傷害を防ぐため、細胞壁や細胞間隙にポリフェノールなどの防御物質を蓄積し、その影響を最小限に留めるための変化が起こります。また、傷害を受ける前に体の支持や栄養貯蔵など役割を担っていた体内の細胞(皮層細胞や髄層細胞)のうち、傷害面で生き残った細胞は色素を作り出し、光合成や防御の役割を担う表皮細胞になります(Figure for Overcoming Injury)。このように、胞子体の細胞は状況に合わせて、その役割を変化させる能力を持っています。

病原菌の感染等によって防御応答を引き起こす物質をエリシターと呼びます。その中にはコンブの細胞壁分解産物や微生物由来の物質など多様な物質が含まれます。このエリシターを胞子体にさらすと、活性酸素の一過性かつ局所的な発生が見られます。これをオキシダティブバーストと言います。エリシターで処理した胞子体は、オキシダティブバーストを起こし、それに呼応して様々な防御応答が起こります。中でも、ハロペルオキシダーゼと呼ばれる酵素が活性酸素量を制御し、その際生じたハロゲン化合物、特にヨウ素化合物は強い抗菌作用を示し、防御にあたることが知られています。コンブにヨウ素が豊富に含まれているのは、その生存に必要不可欠だからなのです。これらの反応は、数秒から数十分で起こるため、いち早く防御を行っていることが伺えます(Shimizu et al. 2018)。その短時間の応答に加え、体内では二次代謝が活発になり、ポリフェノールをはじめとする抗菌物質や忌避物質が生産されます。活性酸素の一過性かつ局所的な発生は、胞子体の生殖器官である子嚢斑でも見られます。子嚢斑では、様々な防御機構を備え、生殖細胞である遊走子を守り、世代交代を成功に導く仕組みを備えているのです(Mizuta and Yasui 2010, 2011)。

水田浩之・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

Figure for Overcoming Injury: 蛍光プローブを用いて活性酸素を検出したマコンブ胞子体切断面の可視像(上段左)とその蛍光像(上段右).下段には、培養した外植片の切断面の細胞が表層細胞化した様子(下段)

参考文献

Mizuta H. and Yasui H. (2010) Significance of radical oxygen production in sorus development and zoospore germination in Saccharina japonica (Phaeophyceae). Botanica Marina, 53, 409-416.

Mizuta H. and Yasui H (2011) Protective function of silicon deposition in Saccharina japonica (Phaeophyceae). Journal of Applied Phycology, 24, 1177-1182.

Shimizu K., Uji T., Yasui H., and Mizuta H. (2018) Control of elicitor-induced oxidative burst by abscisic acid associated with growth of Saccharina japonica (Phaeophyta, Laminariales) sporophytes. Journal of Applied Phycology, 30, 1371-1379.

17 September 2021 posted

持続的生産に向けて

コンブ胞子体は、様々な能力を持ってストレスに打ち勝ちながら大きく成長し、やがて成熟していきます。成熟すると、遊走子嚢(胞子体の生殖器官)を含む子嚢斑と呼ばれる生殖斑が体表面に作られますが、1個体が作る子嚢斑はどれくらいの面積なのでしょうか?その指標に繁殖エフォートと呼ばれる数値があり、葉状部全表面積に対する子嚢斑形成面積の割合で表されます。この値が100%だと、作られた葉の表面全てで子嚢斑が作られることを意味します。過去に報告されたコンブ属およびゴヘイコンブ属褐藻の値をみると、西洋の一部のコンブを除き1~37%の範囲にあり、多く種で50%に満たない値となっています。つまり天然では、半分以上の葉状部が子嚢斑を形成することなく枯死流失しているのです(Mizuta et al. 1999a)。

私たちの研究室では、コンブ葉状体の基部から先端部までの様々な部位から葉状体片やディスクを作り培養したところ、全ての葉状部組織で子嚢斑の形成が確認されました(Figure for Toward Sustainable Production)。つまり、子嚢斑形成する能力は、葉全体にあることを意味します。また、子嚢斑形成に特化した葉を作るワカメとチガイソの葉状部にも、子嚢斑形成能があることが分かっています(Kumura et al. 2006)。

では多くの天然コンブの繁殖努力が100%にならないのはなぜでしょうか?子嚢斑の形成にはコストがかかります。言い換えれば、コンブ類が子嚢斑を形成する条件として、一定量以上の資源の蓄積が必要なのです(Nimura et al. 2002)。コンブは葉状体基部に分裂組織があり、そこで活発に分裂し、古い部分を押し上げるように伸長していきます。その過程で、体内の資源は縁辺部から中帯部へ、先端部から基部へと輸送され、先端部や縁辺部は資源のソース(供給部)として、基部はシンク(受容部)として機能します。そのため先端部の組織は、海水中からの栄養塩吸収能力以上の栄養分を基部に送り出すことで資源制限を受けている(成熟するのに必要な資源の蓄積がない)状態となり、自らは成熟能力を持ちながらも成熟することなく枯死流出します。これが、天然コンブ胞子体に見られる低い繁殖努力の理由なのです。

現在、葉状部の全ての部位が持つ子嚢斑形成能力を生かし、光、水温、栄養塩条件等を制御した成熟誘導技術も確立しつつあります(Mizuta et al. 1999b; Kai et al. 2006)。実際に、約1mのガゴメ葉片を用いて子嚢斑を誘導すると、ほぼ全面に子嚢斑を形成させることができます(Figure for Toward Sustainable Production)。天然海域から採取した未成熟個体や養殖種苗生産で用いた使用済の母藻を、環境を制御した条件で成熟させ、それを養殖種苗生産や天然海域の母藻散布に使うことができます。つまり、人間の手で自然のサイクルを手助けすることで生産性の維持・向上が図れるかもしれません。引き続き、コンブの葉状部が持っている能力を最大限生かして、持続的な生産と藻場の維持に貢献するため、努力し続ければなりません。

水田浩之・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

Figure for Toward Sustainable Production: 成熟誘導し子嚢斑が形成されたコンブ類の胞子体ディスク(最上段左からマコンブ、アナメ、ガゴメ).中段と下段には、それぞれチガイソとワカメの子嚢斑が形成された葉状体ディスク、子嚢斑形成部位の拡大像および切片像

参考文献

Mizuta H., Nimura K. and Yamamoto H. (1999) Inducible conditions for sorus formation of the sporophyte discs of Laminaria japonica Areschoug (Phaeophyceae). Fisheries Science, 65, 104-108.

Nimura K., Mizuta H. and Yamamoto H. (2002) Critical contents of nitrogen and phosphorus for sours initiation in four Laminaria species. Botanica Marina, 45, 184-188.

Kumura T., Yasui H. and Mizuta H. (2006) Nutrient requirement for zoospore formation in two Alariaceae plants, Undaria pinnatifida (Harvey) Suringar and Alaria crassifolia Kjellman (Phaeophyceae: Laminariales). Fisheries Science, 72, 860-869.

Kai T., Nimura K., Yasui H. and Mizuta H. (2006) Regulation of sorus formation by auxin in Laminaria japonica (Phaeophyceae). Journal of Applied Phycology, 18, 95-101.

Mizuta H., Nimura K. and Yamamoto H. (1999) Sorus development on median and marginal parts of the sporophyte of Laminaria japonica Areschoug (Phaeophyceae). Journal of Applied Phycology, 11, 585-591.

17 September 2021 posted

全能性を生かして

陸上植物では、体を構成する細胞や組織が完全な個体を形成する能力(全能性)を持っており、その能力を利用して、細胞培養や組織培養が盛んに行われ、生理的機構の解析などの基礎研究だけでなく種苗生産・品種改良などの応用的用途にも幅広く利用されています。一方、海藻も陸上植物と同様に全能性を持っていることが1970年代後半に明らかにされ、コンブにも全能性のあることが確かめられています(Saga and Sakai 1984; Matsumura et al. 2000)。その一方で、海藻のカルス(植物体の一部をオーキシンやサイトカイニンなどの植物生長調節物質を含む培地で培養したときに形成される無定形の細胞塊で、分化しない状態で増殖し、これを適切な濃度の植物生長調節物質と共に培養すると組織、不定芽あるいは不定根へと分化する)の形成やその増殖機構、さらには葉状体への分化制御機構などについては、未解明の課題も多く残されています。多くのコンブ類についても同様で、これらの問題を解決するために、カルス様細胞やプロトプラスト(細胞壁を除いた細胞内容)がどのようなメカニズムで形成され、増殖し、再分化していくかを解明すべく研究が行われています。

通常、コンブの巨視的世代(胞子体)から組織培養用外植片を採取するために、組織片を切断します。その際、前述した防御応答機構が活発化し、傷害を感知した細胞の細胞膜に存在するNADPHオキシダーゼの働きにより活性酸素が発生します。この活性酸素の発生が、組織切断面で生じるカルス様細胞(Figure for Taking Advantage of Totipotency)の成長に大きく影響を及ぼし、糸状や塊状の形態の違いを生み出します。通常、海水中のカルシウム濃度は10mM程度では活性酸素の発生が促進され、糸状細胞が形成されてきます。一方、カルシウム濃度を5mMに下げて組織を培養すると、ROS発生量は減少し、細胞は伸長せず塊状の細胞群を形成します。カルス様細胞の葉状体への再分化は、海水中のカルシウム濃度によらずいずれも塊状細胞の形態を経て、葉状体へと分化することから、カルシウム濃度の調節により、葉状体への分化を制御できる可能性が示唆されています(Kanamori et al. 2011)。今後、この分野の基礎的研究が進展することにより、効率的かつ生産性の高い組織培養技術が確立し、生産現場での種苗生産や育種への実践的な利用へ繋がることを期待しています。

水田浩之・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

Figure for Taking Advantage of Totipotency: マコンブ外植片からの塊状(上段左)、糸状(上段右)カルス様細胞、および再生した葉状体(下段)

参考文献

Saga N. and Sakai Y. 1984. Isolation of protoplast from Laminaria and Porphyra. Bull Jap. Soc. Sci. Fish 56: 1085.

Matsumura W., Yasui H. and Yamamoto H. (2000) Mariculture of Laminaria japonica (Laminariales, Phaeophyceae) using protoplast regeneration. Phycological Research. 48: 169-176.

Mizuta H., Kai T., Tabuchi K. and Yasui H. (2007) Effects of light quality on the reproduction and morphology of sporophytes of Laminaria japonica (Phaeophyceae). Aquaculture Research, 38, 1323-1329.

Kanamori M., Mizuta H. and Yasui H. (2011) Effects of ambient calcium concentration on morphological form of callus-like cells in Saccharnia japonica (Phaeophyceae) sporophyte. Journal of Applied Phycology, 24, 701-706.

17 September 2021 posted

バイオテクノロジー

アルギン酸はbeta-D-マンニュロン酸とalpha-L-グルロン酸の2種のウロン酸を最小構成単位とした直鎖の多糖類であり、食品、繊維、印刷、発酵、医療・歯科材料および化粧品などの分野で広く利用されています(Gacesa 1998)。アルギン酸原料のほとんどはLaminaria属、Fucus属およびMacrocystis属などの主要な大型褐藻類に由来します(Chapman and Chapman 1980)。このため、特にコンブ類をはじめ大型褐藻類が広く分布しコンブ養殖が積極的に進められている北海道沿岸域はアルギン酸の宝庫といえます。

北海道は日本国内最大のコンブ生産地であり、促成栽培も盛んに行われています。ところが、1985年および1998年に北海道内の養殖コンブに孔あき症と呼ばれる疾病が発生し、大きな漁業被害をもたらしました。罹病コンブの患部から、コンブの小片を分解する能力を有する細菌が分離され、これが新種の海洋細菌であることがわかり、Pseudoalteromonas elyakoviiと命名しました(Sawabe et al. 2000)。この新種発見の顛末記になりますが、この種に属する株は、ロシア科学アカデミー極東生物化学研究所のIvanovaらのグループがウラジオストック近海で採取されたエゾイガイ(Crenomytilus grayanus)から分離していたため(Ivanova et al. 1996)、共同で新種を発表するために、ウラジオストックまで交渉にいったことが思い出されます。

一般的にコンブをはじめとする褐藻類の細胞壁の主要骨格は、セルロースとアルギン酸であり、小繊維を構成するセルロース鎖にアルギン酸が網状に付着し、その両者を糖タンパク質が架橋し三次元構造を形成していると考えられています。また、アルギン酸が細胞間の粘質多糖であることも知られています(Kloareg and Quatrano 1988)。孔あき症の発症メカニズムを明らかにするため、H-4株のアルギン酸分解酵素の特性を調べ、菌体外にアルギン酸分子中のマンニュロン酸ブロックとグルロン酸ブロックのいずれも分解できる当時報告例がない基質特異性の広い酵素であることを見いだしました(Sawabe et al. 1992, 1997b)。しかも、この酵素は海水成分で活性化されました。H-4株がアルギン酸を唯一の炭素源として利用し、同分子を海水中で極めて効率よく分解できる単純かつ合理的なアルギン酸分解戦略を有していることから、本菌のアルギン酸分解メカニズムはコンブにとって孔あき病の脅威となると考えられます。

逆に、この酵素をマコンブの資源増産に使えないでしょうか?H-4株のアルギン酸分解酵素を使い、生きたマコンブの細胞壁を溶かし、大量の細胞を得るための有効利用を検討したところ、思いの他、効果的に、細胞膜機能を十分に保持した活力の高いマコンブのプロトプラストを大量に作出することに成功しました(Figure for Biotechnology) (Sawabe et al. 1993)。さらに、得られたプロトプラストの培養を試み、3-4ヶ月後にほぼ幼胞子体に近い状態まで再生させることに世界ではじめて成功しました(Sawabe and Ezura 1996; Sawabe et al. 1997a)。

ドイツ・ケルンの藻類関連の国際会議でこの研究を発表した時、コンブ類のプロトプラスト再生研究で凌ぎを削っていたフランスの研究者から”Congratulations”と声をかけてくれたことが今でも鮮明に思い出されます。ただ、残念ながら、マコンブプロトプラストの大量培養への実用化は、現場でのニーズがなく、目的に沿った培養機器の入手も困難であったため、ストップしたままです。この研究が、持続可能なコンブ生産に貢献できる機会の到来を願っています。

澤辺智雄・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

Figure for Biotechnology: 赤い色素(ニュートラルレッド)を取り込み細胞質膜機能が維持されているマコンブのプロトプラスト

参考文献

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17 September 2021 posted

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