Fish of the Month Sturgeon

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Site opening on 19 December 2023

先見

チョウザメの研究ほど、先見性の高いものはないかもしれません。1990年代から、北海道大学水産学部の淡水増殖学講座で始められたチョウザメの研究は、キャビアの母体を増やすという観点だけではなく、コラーゲンに着目した水産物資源の無駄のない利活用や新たな時代の養殖管理の自動化技術の開発まで、社会が求める裾野の広いものとなっています。実際に、北海道大学大学院水産科学研究院は養殖における実践的なチョウザメの優良系統の確立を目的とし、ソフトバンク株式会社および北海道美深町と産学官連携を行っています。現在の北海道大学大学院水産科学研究院を代表する研究といっても過言ではないでしょう。チョウザメの旬を迎えるこのタイミングに、チョウザメ研究の一端、特に養殖管理の高度化とチョウザメの未利用部位の高度利用に関するホットな話題を提供します。北海道では絶えてしまったとされるミカドチョウザメの復活も期待しつつ、関連研究の最新情報も今後加えていきたいと思います。

FoM Editorial

19 December 2023 posted

チョウザメ類の分類と形態

今回のFoMのテーマであるチョウザメ類は,硬骨魚綱Osteichthyes条鰭亜綱Actinopterygii軟質下綱Chondrosteiチョウザメ目Acipenseriformesに属し,現生種として2科6属27種が知られます(Nelson et al., 2016)(下表)。チョウザメ類は名前に「サメ」を含むので、サメ類の仲間と思っている方もいるかもしれません。確かにチョウザメ類は頭部の先端は細く(ただし後述するようにヘラチョウザメ類は異なる形態を持ちます)、口が頭の下部に位置するなど、サメ類と形態的に類似する箇所もありますが(背景系統樹)、サメ類は軟骨魚綱Chondrichthyesに含まれており、両者に直接の近縁性はなく、系統的にも離れています(背景写真)。したがって、チョウザメ類はサメ類の仲間ではなく、両者の形態的な類似は「他人の空似」ということになります。

チョウザメ類に共通する形態的な特徴として、1) 鱗は硬鱗と呼ばれるタイプである、2) 背鰭と臀鰭は一つずつあり、どちらも体の後部に位置する、3) 胸鰭を支持する一連の骨格群の肩帯には鎖骨と呼ばれる要素が残存する、4) 尾鰭は異尾型と呼ばれるタイプである、5) 螺旋弁と呼ばれる特殊な消化器官を持つなどが挙げられます。チョウザメ類の形態的特徴として、魚類の教科書類で「骨格は二次的に軟骨化する」と書かれていることがあります。確かに一般的な硬骨魚類と比べると軟骨部は多いのですが、硬骨部も少なからず持っています。この点も、骨格全体が軟骨でできているサメ類とは異なります。また、チョウザメ類を含む硬骨魚類では鰓孔は左右1対ですが、サメ類では通常5対(多いもので6–7対)あり、両者を見分けるのに大変わかりやすい特徴です。

チョウザメ類はヘラチョウザメ科Polydontidaeとチョウザメ科Acipenseridaeの2科に分けられます。ヘラチョウザメ科には、アメリカのミシシッピ川水系に生息するヘラチョウザメPltyodon spathula,および中国の揚子江などのハシナガチョウザメPsephurus gladiusの2属2種が含まれます。ヘラチョウザメ科の最大の特徴は、櫂のように平くて幅広く、著しく伸長した吻(鼻先のこと)を持つことでしょう。和名でヘラチョウザメ、英名でPaddlefish(paddleは櫂の意味)と呼ばれる所以です。その他にも、吻の下面に2本の短いヒゲをもつ、体にはチョウザメ科のような大きな鱗はないなどの特徴があります。ヘラチョウザメは全長1.5 m、体重80 kgになります。ハシナガチョウザメは全長7 mになると言われていますが、測定された最大長は3 mです。

チョウザメ科からは4属25種が知られ、北半球の中・高緯度の淡水域、汽水湖、沿岸域に生息します。チョウザメ科は、体側には鱗が5列に並ぶ、吻の下面に4本の長いヒゲをもつなどの特徴を持ちます。チョウザメ科は淡水魚としては世界最大級で、長寿命として知られます。たとえば、1926年に捕獲されたオオチョウザメ(ベルーガ)Huso husoでは体重1000キロで、少なく見積もっても75歳でした。他にも154歳と推定された個体もいます。シロチョウザメAcipenser transmontanusでは、1912年に捕獲された個体が全長3.8 m、体重580 kgであったことが確実な記録として残されています。

チョウザメ類は乱獲や生息場所の破壊によって絶滅の危機にあります(下表)。国際自然保護連合(IUCN)のレッドリストによると、すでにハシナガチョウザメが絶滅(Extinct)し、チョウコウチョウザメAcipenser dabryanusでは野生個体が絶滅(野生絶滅: Extinct in the Wild)したと考えられています。他のチョウザメ類25種でも、17種が最も絶滅危機の高いランクである近絶滅種(Critically Endangered)、3種がそれに次ぐ絶滅危惧種(Endangered)、5種が危急種(Vulnerable)に指定されています。これら25種のうち、個体数が増加しているのはアドレアティックスタージョンAcipenser naccariiとアトランティックスタージョンAcipenser oxyrinchusの2種、および安定しているのはウミチョウザメAcipenser brevirostrum、シロチョウザメAcipenser transmontanusおよびショベルノーズスタージョンScaphirhynchus platorynchusの3種のみで、17種で減少が続いています。

背景写真. ロシアチョウザメ(上)とアブラツノザメ(下)の比較(写真と標本:北大総合博物館所蔵)

背景図. 魚類の主要な系統類縁関係(Nelson et al., 2016に基づく)。図中の有頭動物亜門とは一般に脊椎動物と呼ばれる一群である

表 チョウザメ類27種の分類

ヘラチョウザメ科

ヘラチョウザメPolyodon spathula(危急種)

ハシナガチョウザメPsephurus gladius(絶滅)

チョウザメ科

シベリアチョウザメAcipenser baerii(近絶滅種)

ウミチョウザメAcipenser brevirostrum(危急種)

チョウコウチョウザメAcipenser dabryanus(野生絶滅)

イケチョウザメAcipenser fulvescens(絶滅危惧種)

ロシアチョウザメAcipenser gueldenstaedtii(近絶滅種)

チョウザメAcipenser medirostris(絶滅危惧種)

ミカドチョウザメAcipenser mikadoi(近絶滅種)

アドレアティックスタージョンAcipenser naccarii(近絶滅種)

シップスタージョンAcipenser nudiventrtis(近絶滅種)

アトランティックスタージョンAcipenser oxyrinchus(危急種)

パーシャルスタージョンAcipenser persicus(近絶滅種)

コチョウザメAcipenser ruthenus(絶滅危惧種)

アムールチョウザメAcipenser schrenckii(近絶滅種)

カラチョウザメAcipenser sinensis(近絶滅種)

ホシチョウザメAcipenser stellatus(近絶滅種)

バルチックチョウザメAcipenser sturio(近絶滅種)

シロチョウザメAcipenser transmontanus(危急種)

ダウリアチョウザメHuso dauricus(近絶滅種)

オオチョウザメ(ベルーガ)Huso huso(近絶滅種)

ダリアスタージョンPseudoscaphirhynchus fedtschenkoi(近絶滅種)

ドワーフスタージョンPseudoscaphirhynchus hermanni(近絶滅種)

アムダリアスタージョンPseudoscaphirhynchus kaufmanni(近絶滅種)

パリッドスタージョンScaphirhynchus albus(近絶滅種)

アラバマチョウザメScaphirhynchus suttkusi(近絶滅種)

ショベルノーズスタージョンScaphirhynchus platorynchus(危急種)

和名は主に経済産業省防疫経済協力局の「絶滅のおそれのある野生動植物の種の国際取引に関する条約の実施におけるキャビアを入れる容器に貼付する再使用不可ラベルについて」にしたがった。

今村央・北海道大学大学院水産科学研究院・教授/北海道大学総合博物館分館水産科学・館長

参考文献

IUCN (2023) The ICUN Red List of threatened species, version 2022-2.

松浦啓一(監訳). 2007. 海の動物百科2. 魚類I. 朝倉書店, 東京.

Nelson, J. S., T. C. Grande and M. V. H. Wilson. 2016. Fishes of the world, 5th edition. John Wiley & Sons, Inc., Hoboken, New Jersey.

矢部 衞・桑村哲生・都木靖彰. 2017. 魚類学. 恒星社厚生閣, 東京.

19 December 2023 posted

日本のチョウザメ

日本にはかつてチョウザメがいた、というと驚く人もいると思います。チョウザメの卵巣から卵胞をほぐして塩味をつけたのものがキャビアであり、現状日本で食されるキャビアのほとんどはロシア、ヨーロッパ、中東からの輸入です。このことから、漠然とチョウザメはヨーロッパ、ロシアの魚という認識があると思います。しかし、日本にもかつてチョウザメは棲息していました。北海道の名付け親である幕末から明治初期の北海道探検家である松浦武四郎は、探検記の一つ、天塩日誌において天塩川を渡る船にたくさんのチョウザメが鼻をあげて寄ってくる様子を記しています。それほど北海道の川にはチョウザメが棲息していたようです。私が知る限りでは、昭和20年代の終わりに石狩川の旭川手前の神居古潭での目撃が北海道の河川におけるチョウザメの目撃記録の最後です。世界には20種以上のチョウザメがいるがこの松浦が記しているチョウザメは何チョウザメなのでしょうか?

それはミカドチョウザメです。標準和名は「チョウザメ」ですが、世界には様々なチョウザメがいるため我々は「ミカドチョウザメ」と記すようにしています。「ミカド」の名前は日本人ではなく、1892年に北海道のチョウザメをドイツの動物学者ヒルゲンドロフ博士が初めて記載した学名Acipenser mikadoiからの呼び名です。せっかくヒルゲンドロフ博士が「ミカド」という素晴らしい命名をしてくれたのにも関わらず、北海道の自然から絶滅させてしまったことは日本人としては誠に残念です。

しかし、まだミカドチョウザメはいるのです。天塩川、石狩川での産卵系統は消滅してしまいましたが、いまだにロシア沿海州のチュムニン川において年に数ペアの産卵が報告されています。チュムニン川で産まれたミカドチョウザメは、過去の調査によれば河川で3-4年成長した後、海に降って海で育ちます。おそらく10~15年ほどの後に春期発動(人間でいう思春期)を迎えるとチュムニン川に産卵のために帰ってくると思われますが、北海道の周りに回遊してきたミカドチョウザメは時に定置網に捕獲されることがあります。北大では、北海道各地の漁協にチョウザメが捕獲されたら連絡してもらうようにお願いしており、この30年以上で相当数の天然チョウザメを集めてきています。現在(令和5年)生存している、北大と協力機関で集めたミカドチョウザメは5尾います。これを殖やしたいのです。将来的には、かつてミカドチョウザメが、うようよいたという天塩川に戻したいとの夢を持っています。

北部太平洋ではミカド以外にも、アムール川(黒竜江)で2種のチョウザメが産卵しています。ダウリアチョウザメとアムールチョウザメです。これら2種はアムール川で産卵し、孵化稚魚はやはり数年アムール川で成長した後、海に降ります。海に降った後、10数年間サハリン、北海道海域を回遊し、まれに北海道の定置網に捕獲されます。つまり、北海道ではミカド、ダウリア、アムールの3種のチョウザメが捕獲されることがあります。ダウリアは毎年数尾の捕獲がありますが、アムール、ミカドは数年に1尾捕獲されるかどうかというまれな魚です。いずれの種も絶滅を危惧されている種ではあるものの、ダウリアチョウザメに関しては近年継続的に複数個体が捕獲されており、定位資源量で安定しているのかもしれません。資源量の維持、回復のためには継続的な産卵を維持する環境が重要であると考えられますが、チュムニン川に関してはアムールタイガーが生息する大森林の中の河川であり、近代になって産卵環境が悪化したとは考えずらいです。そう考えるとミカドチョウザメの天然資源量の激減は、北海道河川からの絶滅が大きな影響を及ぼしたものと想像にかられるのです。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

19 December 2023 posted

チョウザメの繁殖

魚を繁殖させるには成熟した卵と精子が必要です。卵母細胞が受精可能な「卵」に成長するためには、卵母細胞に卵黄を蓄積する「卵黄形成」を経て卵径を大幅に大きくし、卵黄形成が十分に進み産卵環境が整った時に、卵母細胞の減数分裂の再開を経る「卵成熟」がひき起こされ、続いて卵母細胞を取り囲む濾胞細胞層からの離脱、すなわち「排卵」を経てようやく受精可能な「卵」となります(詳しくはFish of the Month, Salmon & Troutの「サクラマスから卵成熟誘起ステロイドホルモン(MIS)産生制御機構が初めて解明された」の章参照)。チョウザメは飼育環境下では卵黄形成は進行するものの、卵成熟と排卵は自然には起こりません。そこで我々は年間を通して定期的に卵巣片を取り出し、卵胞を培養して卵成熟できる能力、排卵できる能力を検定します。卵成熟、排卵が誘導されうると判断された個体には、黄体形成ホルモン放出ホルモン(GnRH)を注射することで下垂体からの黄体形成ホルモン(LH)の放出を促し、卵成熟・排卵を人為的に誘導します。排卵が確認されたら速やかに腹部を圧迫することで卵を搾出して人工授精に供します。GnRHでチョウザメの産卵を誘導する方法は主に中東で用いられる方法で、ヨーロッパではGnRHの代わりに直接コイの脳下垂体粉砕物(コイLHを含んでいる)を注射する方法が主流のようです。このようなホルモン注射による産卵誘導法を人為催熟といいます。親魚が豊富にいれば、ある程度目をつむってたくさんの雌親魚にGnRH注射を行い、その内数尾でも産卵に至れば稚魚の生産(種苗生産)は十分に達成されるのですが、多くの場合、特に雌親魚の数は限られているのでできるだけ産卵誘導成功の確率を上げるためには卵母細胞の発達段階の正確な見極めが重要になってきます。特にチョウザメの場合は、卵成熟は誘導できても排卵に至らない場合が多々あります。経験的な勘と培養による検定のみではこの排卵能を正確に把握することはなかなか難しいところがあり、現在我々はチョウザメが排卵に至る分子メカニズムの研究を推し進めているところです(Surugaya et al. 2022; 2023)。排卵能獲得の分子メカニズムが解れば、GnRH注射前にその関連遺伝子群の発現を調べることで排卵可能かどうかをより正確に判定することができるようになると考えています。雄に関してもGnRHを注射することで排精を誘導することができます。雄親魚の人為催熟は雌親魚ほど難しくはなく、数尾のチョウザメに注射をすればほぼ確実に活性の高い精子を得ることができる場合がほとんどです。このようにして得られた卵と精子を人工授精することでチョウザメの種苗生産は行われているのです。

アムールチョウザメの受精卵.

ダウリアチョウザメに関しては2007年に初めて種苗生産に成功しています。現在も大量のダウリアチョウザメが飼育されており10数年後にはダウリアチョウザメのキャビア生産が実現するのではないかと期待しています。ダウリアに関しては親魚も大量に確保していることから、20~30年後に主力の養殖種になり得るかも知れません。ミカドチョウザメの種苗生産には2008年に初めて成功しました。しかし、ミカドチョウザメはとても神経質な魚で育てるのが難しく、今では全てが死んでしまっています。ミカドチョウザメは親魚が少なくなかなか産卵誘導のチャンスが訪れません。次に種苗生産に成功した時には確実に育ってもらいたいと願っています(北水ブックス:海をまるごとサイエンス、道南おさかな図鑑)。

最後にチョウザメ養殖の現状について紹介します。日本でも各地でチョウザメ養殖が行われていますが、その養殖に用いる種苗は株式会社フジキンが供給している場合がほとんどと思われます。フジキンの提供種は、ベステルチョウザメ、シベリアチョウザメ、コチョウザメが主な種ですが、中でもベステルチョウザメの養殖が広く普及しています。ベステルチョウザメはカスピ海のオオチョウザメとコチョウザメの雑種です。オオチョウザメは卵径が大きく最高級キャビアとされていますが、キャビアが採れるまでには15年以上育てなければなりません。一方、コチョウザメは小型のチョウザメで卵径は小さくキャビアとしての価値は下がるのですが、一方4,5年でキャビアが採れるという利点があります。ベステルは卵径が中間で7年程度でキャビアが採れるという養殖効率が良好な種であるため日本で広く養殖されるようになっています。ダウリアチョウザメはオオチョウザメの近縁種で卵径が大きく、また、ミカドチョウザメはさらに卵径が大きく、いずれも最高級キャビアを産する可能性を秘めています。ただ、ダウリアチョウザメのキャビア採取までにはまだ10年以上飼育を継続しなければならない、ミカドチョウザメは自然界に戻すことを目指しておりいまのところ食用にするつもりはないという事情があります。北海道では美深町振興公社が大規模なチョウザメ養殖施設を設立しており、現在大量のチョウザメを育成しているところです。現状キャビア採取はベステル種から得られていますが、早くからアムールチョウザメの種苗生産にも成功しており、近い将来アムールチョウザメのキャビア生産も可能になると期待されています。美深町のびふか温泉旅館ではチョウザメ料理を提供しており、地域産のチョウザメ料理は宿泊者に好評を得ています(背景写真:チョウザメ堪能コース)。チョウザメは育成に時間がかかるため現在はベステル種が主力になっていますが、やはり、北海道のチョウザメ、ダウリア、アムール、もしも余るほど殖やすことができればミカドチョウザメの料理が提供される日を心待ちにしているところです。

井尻成保・北海道大学大学院水産科学研究院・准教授

参考文献

Surugaya, R., Hasegawa, Y., Tousaka, K., Adachi, S., Ijiri, S. 2023. mRNA expression profiles of proteolytic genes during the process of ovulation in ovarian follicles of sturgeons. Fisheries Sci. In Press.

Surugaya, R., Hasegawa, Y., Adachi, S., Ijiri, S. 2022. Changes in ovulation-related gene expression during Induced ovulation in the Amur Sturgeon (Acipenser schrenckii) ovarian follicles. International Journal of Molecular Sciences, 23:13143.

北水ブックス 海をまるごとサイエンス(2018年初版)、第4章:殖えない魚を殖やしたい、pp.42-54. 海文堂出版.

北水ブックス 道南おさかな図鑑(2023年初版)、ミカドチョウザメ、ダウリアチョウザメ、pp.46-49. 海文堂出版.

19 December 2023 posted

AI飼育管理

チョウザメの個体識別は健康管理や優良個体の発見に有用です。しかし、チョウザメの区別をすることは容易ではありません。チョウザメにはたくさんの種が存在し、それらの外観はよく似ているからです。特に、水面から水槽を覗いた状態では、外観がはっきりと識別できない上に、水面のゆらぎ、光の反射等により識別はより困難になります。個体識別はさらに困難になるため、深層学習(Deep Learning)のようなAIが得意とする学習に用いる十分な量とバリエーションのある訓練データ(Training data set)を得ることが難しいのが現状です。

我々は、訓練データを3DCGシミュレーションから自動生成する手法を採用しました。とはいえ、個体識別までの道のりは容易くありません。まず、深層ニューラルネット(DNN: Deep Neural Network)に、チョウザメとはどういう形をしているか、を教えなくてはなりません(検知:detect)。次に、チョウザメの動きを追跡する(tracking)必要があります。さらに、それぞれ検知したチョウザメを識別しなくてはなりません(認識:recognition)。

背景図に精巧なチョウザメの外観とリグ(Rig)を示します。このモデルは、いわゆるリグモデル(Rig model)と言われる通常のCGのアニメーションで広く使われている手法を用いたものです。外観の3Dモデルの中に、骨(bone)と関節(joint)に相当するものを導入し、関節(joint)が動くことで、体全体が動く、という仕組みになっています。

背景の図に、自動生成した訓練データセットを用いて学習済みの深層ニューラルネットを使った尾数カウントの結果を示します。

検出(detection)および追跡(tracking)までは、通常のCGの手法を用いることで、認識が可能となります。しかし、個体識別は、水面からの形状の違いからでは、深層学習を用いても難しいのが現状です。そのため、精巧なチョウザメの筋骨格モデル(図3)を生成し、筋肉の動きのシミュレーションをすることで、個体ごとの動きの違いを生成するアプローチをとっています。この筋骨格モデルは、北海道大学大学院水産科学研究院・今村央教授に実際に解剖して頂いた骨と筋肉の一つ一つを丁寧に3DCGで再現し。現在、チョウザメの筋骨格モデルを動かすための研究を行っています。

石若 裕子・ソフトバンク株式会社

19 December 2023 posted

チョウザメの応用

チョウザメは高級食材

チョウザメの卵、キャビアは世界三大珍味として有名ですが、チョウザメの肉もまた、さまざまな料理の高級食材として利用されています。

廃棄部分はゴミではない。コラーゲンを豊富に含む資源

一方、未利用部位である皮膚、脊索(私たちの脊椎に相当)、浮き袋などは、手を加えなければ廃棄物としてゴミ箱行きです。これはもったいない!SDGsの推進を標榜する北海道大学の研究者として見過ごせません。

チョウザメの未利用部位には多量のコラーゲンが含まれています。人類は古くからその価値に気づいていました。コラーゲンを多く含むチョウザメの浮き袋は、16世紀末ごろにはアイシングラスという膠(にかわ)剤の原料となり、絵画製作での金箔接着剤や白ワインの濁り除去剤として利用されていました。アイシングラスは、今も同じような用途で利用されており、チョウザメの高価な副産物のひとつです。

近年、魚類由来のコラーゲンは、創傷治癒、組織再生、細胞培養などバイオメディカル分野での利用が進んでいます。チョウザメの未利用部位は、コラーゲンの供給源として有望です。また、チョウザメコラーゲン(写真の白い真綿状物は凍結乾燥したもの)の分解物(コラーゲンペプチド)が、血糖値低下(糖尿病改善)、抗酸化(酸化ストレス抑制)、抗炎症(生活習慣行の緩和)などの生理機能をもつことが報告され、ヒトの健康を支える生物素材としての期待がふくらんでいます。

高度利用への新しいアプローチ

最近、脊索由来のコラーゲンに糖分子を結合させることによって,抗酸化や抗炎症機能が著しく改善されることがわかりました(Yang et al. 2023)。この糖化コラーゲンは、食品成分の間で自然に進むメイラード反応(味噌や醤油の黒褐色やトーストの焼き色の発生に関わっています)を利用して創り出されます。この例のような、副産物から新しい機能素材を創り出す研究開発は、チョウザメの高度利用と養殖産業の振興に貢献していくことでしょう。

佐伯宏樹・北海道大学大学院水産科学研究院・教授

参考文献

Yang et al. 2023. Advanced utilization of by-product from the sturgeon aquaculture industry: optimum preparation of notochord-derived multifunctional peptides by glycation using the Maillard reaction. Waste and Biomass Valorization, 14:4101–4111.

19 December 2023 posted

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